「一歩一歩、おいしさを探して」
J.C.オカザワの脚で綴ったダイアリー

第608回
奇妙な体験(その1)

大江健三郎の初期の印象的な作品に
「奇妙な仕事」という短編がある。
実質的なデビュー作は
彼が東大の学生時代に発表された。
「奇妙な仕事」をいつ読んだのか記憶にないが
のちに発表される「死者の奢り」の
伏線的な小説だったことは鮮明に覚えている。

1週間ほど前に「奇妙な仕事」ならぬ、
「奇妙な体験」をした。
その夜も当コラムの常連キャラの
K石クンと行動をともにしていた。
彼に誘われて丸の内の東京銀行協会ビル内にある
クラブ関東が主催した「映画鑑賞の夕べ」に
二人して出掛けて行ったのだった。
プログラムは川島雄三監督の「幕末太陽傳」。

午後2時半と6時の昼夜2回の鑑賞会は
定員がそれぞれ50名の会費が1000円。
夜の部なので6時15分前にビル内に入ると
いきなりガードマンに歩み寄られて
「どちらへ行かれますか?」
いかにも場違いな怪しいヤツが
現れたという怪訝な顔で詰問される。
(失礼なヤツめ!)
ちなみにこのときJ.C.は
ノータイ・ノージャケットのラフな姿であった。

ちょっと見では入館の際に詰問されているのは
J.C.ただ一人の様子で、ほかはみなフリーパス。
(いよいよ失礼なヤツめ!)
ビルを出入りしている人たちは全員、
スーツにタイでキチッとしたナリをしていた。
そんなところにノータイで迷い込んだら
奇妙な訪問者として扱われても仕方がないが
こちらとしては気分がよろしくない。
悲しいかな、日本の社会、殊に銀行を始めとする金融界は
まだまだ服装で人間を値踏みしているようだ。
(こんな格好じゃ融資は受けられないな)

気を取り直して19階の会場に向かった。
エレベーターを降りて受付けに歩んでいくと、
どうもその周辺がものものしい。
高級ホテル顔負けの重厚な雰囲気が漂っているのだ。
黒服を身に着けた年配の接客係の数もヤケに多い。
K石クンはすでに到着していて
黒服さんの案内のもと、サロン風の応接室に通された。
先客は皆無で、立派な椅子が10脚ほど並べられている。
てっきり上映前の控え室かと思っていたら
目の前にはスクリーンが・・・。
思わずわれわれ二人は苦笑してしまった。

その日集まったのはたったの7人だけ。
お見受けしたところ、われわれの最年少は間違いない。
あとはいかにも昔は某銀行の役員を
しておられたという感じの老紳士と
そのご夫人といったふうの人たちばかりだった。
黒服さんたちのペコペコぶりが尋常ではない。
見ていて滑稽なくらいだが、人件費は大変だろう。
何だか映画を観る前からシラケてしまった。
金曜日の夜に映画鑑賞会に現れるのは
われわれを含めてよっぽどヒマな人種だけだ。

            =つづく=

 
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2008年10月30日(木)

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