第816回
夏の日のふぐちり(その1)
東急東横線の都立大学の改札を出て徒歩2分。
世にも不思議な焼き鳥屋がある。
いや、以前は焼き鳥専門店だったようだが
現在はたたずまいにその面影を偲ぶことができるだけ。
お世辞にもおしゃれな店とは言いがたい、
いかにも私鉄沿線の居酒屋風なのだ。
ところがである。
驚くなかれ、出てくる料理はいずれも一級品。
それも「超」のつくくらいのものなのだ。
古希を超えられたご主人自らが吟味した食材は
都心の高級店にいささかのヒケもとらない。
梅雨まだ空けやらぬ蒸し暑い一夜。
ちょうど4年前の夏に、
この店に案内してくれたN戸夫妻とともに訪れた。
ここへ来る日は昼過ぎからワクワクして仕方がない。
今日から2回に渡り、
「鳥はる」の旬の逸品をただひたすらに紹介しよう。
サッポロの生ビールで宴は始まったが、
J.C.とN戸夫妻のビールの味わい方は
丸っきりの正反対で、泡をあまり立てずに
静かに静かに注いだビールが好みのJ.C.に対し、
彼らは荒々しく注いで泡の立ち上ったのが好きなのである。
当然、液体に残る炭酸の量は著しく異なるが
まっ、こういうものは
人それぞれに好みのスタイルでやればよい。
前菜の盛合わせが2皿同時に供された。
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あん肝・煮こごり・鱧皮の三点盛り
photo by J.C.Okazawa
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塩水海胆・このわた・生湯葉とこちらも三点
photo by J.C.Okazawa
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このわたや海胆を出されたら
ビールをガブガブやってるだけでは能がない。
主人のおすすめに従い、旨醇天狗舞の冷酒を追いかけた。
以前、主人はこのわたを「美味しい塩辛ネ」と、
女性客に評され、その客と口をきかなくなったそうだ。
その気持ち、痛いほど判る。
続いては、こちの笹蒸し寿司。
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思わず息を飲む美しさ
photo by J.C.Okazawa
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この一皿が当夜のベストだったかもしれない。
料理人の感性が今、目の前で輝きを放っている。
そしてトマトとじゅんさいの冷やし鉢。
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舌の上に涼を呼び込む
photo by J.C.Okazawa
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なぜか「鳥はる」には夏場におジャマすることが多い。
涼しげな料理ばかりが数多く印象に残っている。
ここで鳥モノが一品来た。
昔とった杵柄(きねづか)でもなかろうが
焼き鳥が1本だけ塩焼きで登場した。
ミディアムレアで焼き上げられたのはハツ。
言わずと知れた心臓は
もっとも美味しい部位の一つだ。
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プリプリの食感がたまらない
photo by J.C.Okazawa
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焼き鳥屋でレバーとハツを頼まぬことは
絶対にないほどの大好物。
それも道理で、二つ合わせりゃ「肝心」だもの。
=つづく=
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