第831回
もはや立ち喰いそばのレベルではない!
あれはいつのことだったろうか、
西浅草「バーリィ浅草」のチーフバーテンダー、
K村さんに千束のそば屋「ねぎどん」を
すすめられたのは――。
しばらく経って、昼に出掛けてみると
早朝7時から14時半頃までの営業で
立ち喰いそばを名乗っているのに、ちゃんと椅子がある。
客に支払いを一任する食券制に引け目を感じて
「立ち喰いそば」と、へり下ったのだろうか。
それにしても浅草界隈には個性的なそば屋が目白押し。
思いつくままに挙げてみよう。
・永井荷風が通った天ぷらそばの「尾張屋本店」。
・カレー南蛮玉落としが一番人気の「翁そば」。
・明るいうちだけ短時間しか営業しない「大三」。
・名代の冷やし肉南蛮で有名な「角萬」。
・吉原の片隅でソープ嬢御用達の「梅月」。
世に広く知られた「並木藪蕎麦」や「蕎亭大黒屋」以外に
こんなにも名店・佳店が軒を連ねているのだ。
神田ばかりが日本そばの名所じゃありやせんぜ、
えっ、お立会い。
さてさて「ねぎどん」であった。
何せ、もり・かけがともに330円の廉価な店だから
朝も早よから来店客が引きも切らない。
カウンターだけの客席はL字形。
スペースを大きく取った厨房は
手入れが行き届いて清潔そのもの。
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ピカピカの厨房がすがすがしい
photo by J.C.Okazawa
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品書きを見上げてみよう。
前回はもりだったので、今回はかけ系にするつもりだ。
もりを食べたときに感じたのは
値段のわりにしなやかなコシを持つそばに対して
つゆに醤油のとんがりが残っていることだった。
はたしてかけつゆはどうだろう。
選んだのは、かけと桜海老の天ぷら。
桜海老は品書きには天ぷらとあるものの、
実際はかき揚げである。
この店の天ぷら・かき揚げの類はオール110円均一。
海老・いか・竹輪・ごぼう・蓮根・いんげん・さつま芋、
すべて110円で、いずれも真っ当なものばかり。
立ち喰いそばのレベルを超えている。
これがこの店の人気の源泉だと思い当たった。
かけと桜海老天がセパレートでやって来た。
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合わせて440円也
photo by J.C.Okazawa
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しっかりとしたコンビネーションが頼もしい。
チェーンの立ち喰いそば屋のものとは
さらしねぎからして違う。 そばをたぐってみると、もり同様にコシがある。
食べ進んでもノビにくいタイプであった。
ところがかけつゆが、もりつゆ同様に熟成感に欠けている。
「ねぎどん」のそばは、もりでもかけでも
天ぷらのサポートが必要欠くべからざるものなのだ。
そのことが今さらながらに実感される。
天ぷらが主役を張る天丼(680円)は
いったいどんな役者がどんぶりを飾るのだろうか――。
【本日の店舗紹介】
「ねぎどん」
東京都台東区千束1-17-9
03-3873-0738
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