第890回
私娼街の残り香(その2)
永井荷風「濹東綺譚」、
はたまた滝田ゆう「寺島町奇譚」の世界に迷い込んでいる。
往時はラビリンス(迷宮)の異名をとり、
夜な夜な柔肌の温もりを求める男たちが徘徊した一郭だ。
看板には大衆酒場とあったが、それよりもずっと
小ジャレた居酒屋風の「十一屋」に来ている。
壁の品書きをザッと紹介してみよう。
まぐろブツ・・450円 まぐろ山かけ・・550円
新さんま刺身・塩焼き・・460円 帆立バター・・420円
銀むつ照焼き・・650円 あさり酒蒸し・・420円
どぜう鍋・・590円 ポテトサラダ・・350円
肉どうふ・・480円 牛もつ煮込み・・450円
豚角煮・・580円 ほうれん草バター・・350円
今宵は最低でも3軒は立ち寄りたい。
よって、あまりいろいろと注文するわけにはいかない。
カウンターに陣取れなかったこともあり、
ここは再訪を期してビールの大瓶とどぜう鍋だけにしおく。
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丸どぜうの柳川風
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by J.C.Okazawa
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どんなスタイルで登場するのか興味が湧いたが
小ぶりのどぜうばかりを集め、
きざみねぎを投入し、玉子でとじてある。
いわば、どぜう専門店の丸鍋と柳川鍋の合わせ技。
大衆酒場のレベルを超えてなかなかのものだった。
続いて向かったのは、今来たばかりの道を戻り、
鐘ヶ淵の駅前の「大吉」である。
そんなことなら先に「大吉」に寄ってから
「十一屋」に向かえばよさそうなものだが
「十一屋」のほうは地元の人気店につき、
早い時間でないと席の確保がままならないのだ。
事実、カウンターはすでにいっぱいだったではないか。
打って変わって「大吉」はのどかなものだ。
カウンターだけの細長い店は俗にいううなぎの寝床。
店内はガランとして先客は誰もいない。
ここでは下町名物のハイボールを所望する。
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サッポロのグラスでもないのに赤星が
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by J.C.Okazawa
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賢明な読者の方はこの星の意味がお判りだろう。
そうです、お察しの通り、
ここまで焼酎を注ぐんだよ、という目印なのだ。
つまみはちょいと奇をてらい、チヂミとイカフライ。
頼んでみてから「しまった!」と思った。
なぜなら韓国料理のチヂミやパジョン、
いわゆるお好み焼きにはイカが多用されるからだ。
下手を打つとイカが重複してしまう。
でも、幸いなことにチヂミにイカは使われていなかった。
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何だか素っ気ないチヂミ
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by J.C.Okazawa
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イカは入っていないものの、具材はニラだけでやけに淋しい。
ニラは好きだけどニラだけっていうのもなァ。
仕方がないからイカフライに期待する。
ところが今度は下ごしらえが雑だった。
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薄皮がむかれていないイカフライ
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by J.C.Okazawa
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皮がピロ~ンと伸びてしまい、どうにも噛み切れない。
格闘しているうちにパン粉のコロモが
バラバラと崩れてしまうのだった。
思案投げ首、そろそろ切り上げて河岸を変えることにした。
【本日の店舗紹介】 その1
「十一屋」
東京都墨田区墨田3-23-17
03-3611-4881
【本日の店舗紹介】その2
「大吉」
東京都墨田区墨田4-9-21
03-3611-6288
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