第897回
座布団を敷いたナポリタン
あれは真夏の出来事だった。
♪ 彼のクルマに乗って 真夏の夜を 走りつづけた ♪
んではなく、連日に渡って
スパゲッティ・ナポリタンを食べ歩いていたのは――。
あんときゃ大変だったなァ、ジッサイ。
もちろん月刊誌「めしとも」から課せられた
非情のミッションである。
ナポリタンなる日本特有のへんてこりんなフードは
たまに食べたくなるくらいだから
けして嫌いな食べものではなかったのに
毎日食べまくれば鼻につくことはなはだしく、
それ以後、“赤い悪魔”とは1度も顔を合わせていない。
昔の人はよく言ったものだ、「天災は忘れた頃にやって来る」。
ナポリタンの災禍を忘れた頃、とある情報が寄せられた。
それは一月ほど前の出来事だった。
“のみとも”のO堤サンからメールが舞い込んだのは――。
何でも彼の末息子のSおクンが通う学園のそばに
同学園PTAのオバさま御用達の喫茶店があり、
ナポリタンが“優”にして“秀”なのだという。
「一食あられたし」との仰せとあらば、
足労を惜しむJ.C.ではないのだ。
で、行きました、鴎外ゆかりの団子坂をエッチラ上り、
コーヒーとランチの「ホワイト」なる店に。
壁に貼られた多彩なメニューにいきなり度肝を抜かれる。
スパゲッティだけでもナポリのほかにツナクリーム、
かりかり豚&たら子、サラダスパゲッティがあり、
煮物・酢の物・味噌汁付きの定食は
焼き魚が秋刀魚と秋鮭の2種類で
ほかにハンバーグと生姜焼きとミックスフライが並ぶ。
加えて本日のランチがカツ丼と豚ロースガーリック焼き。
あとはビーフカレー・ドライカレー・焼きそばときて
仕舞いにはなぜか讃岐うどんまであった。
迷うことなく目的のナポリタンセットを注文。
やがてそいつが鉄板に乗ってやって来た。
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熱い鉄板の上のナポリタン
photo by J.C.Okazawa
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見ればパスタの下に薄焼きの目玉焼きが1枚、
座布団のごとくに敷かれている。
目玉焼きといっても玉子焼きとの中間感じ。
ザッとかき混ぜられた溶き玉子がサッと焼かれていた。
具材はハムと玉ねぎ主体でピーマンはほんの申し訳程度。
サイドには化調が主張するビーフコンソメと
ドレッシングのかかった小サラダが付いた。
肝心の味のほうだが今まで食べ歩いた幾多のナポリタンの
平均値をクリアして合格点を与えることに躊躇はない。
セットのコーヒー・紅茶はアイスにも対応してくれて
アイスレモンティーを所望すると
添えられた櫛切りレモンがうれしい限り。
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銅製のガムシロ・ピッチャーが可愛い
photo by J.C.Okazawa
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立て混んでいた店内は13時を過ぎて誰もいなくなった。
スローなジャズピアノのナンバーが流れている。
カウンターから出てきたマスターがタバコに火を点けた。
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どうやら中間売上げ計算中のマスター
photo by J.C.Okazawa
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静かに流れるジャズとともに空気も静かに流れ、
いつしか時が止まったような錯覚。
昭和のむかし、すでに忘却の彼方へと
消え去ったはずの光景が今こうして目の前にあるシアワセ。
“のみとも”から舞い込んだ報せは
けっして天災ではなかったのでした。
【本日の店舗紹介】
「ホワイト」
東京都文京区向丘2-34-5
03-3823-7069
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