第901回
油問屋直営の天ぷら店
ついこの間、横浜に行ったばかりだというのに
飽きもせず、再び出掛けてしまった。
今回も目的地は観光客あふれる中華街ではなく、
古き良き匂いが立ち込める野毛である。
陽が沈む前からこの街で飲んでいると
浅草に身を置いているときのような安堵感が
軽い酔いとともに身体に染み入ってくる。
野毛と浅草の共通点は馬券売り場。
週末ともなれば、赤鉛筆と競馬新聞を携えた
不健康そうな顔色のオッサンたちが
あっちゃこっちゃにたむろし始める。
そのみんながみんな着古した黒っぽいジャンパーを
羽織っているのは、いったいどうしたことだろうか?
周りとおんなじ格好をしていないと
気持ちが落ち着かない日本人の特性、ここに極まれり。
老舗の中華料理屋ですらTVを設置しておくだけで
彼らが花芯に集まる蜜蜂のように、もとい、
蜜蜂じゃ可愛すぎるな、仔羊に群がる狼のように
どこからともなく湧き出てくる。
馬券に興味のない当方はおちおち隣りで
サンマー麺などすすってはいられないのだ。
いや、むかしは馬券に興味がないワケではなかった。
初めて馬券を買った忘れもしない1970年の有馬記念。
スピードシンボリとアカネテンリュウの5−6を
取ったことだってあるのだ。
あのときの連複配当750円を今も覚えているくらい。
それが長い海外生活のおかげで
知ってる馬がいなくなっちゃった。
昼前に若い友人のH三クンと桜木町の駅で待合わせ、
さっそく向かったのは馬券売り場そばの天ぷら屋。
油問屋直営の店で、その名も「あぶら屋」ときたもんだ。
あまりにもベタな店名ながら
ある意味、勇気ある命名といえる。
フツーの人ならこの名前から
何だかシツッコそうなイメージを抱くのがフツー。
よほどデキのよい天ぷらを揚げないと
客にソッポを向かれるリスクが高い。
J.C.はここの主人、腕に自信ありとみた。
聞こえてくる地元の人々の評判も悪くなく、
まずは「間違いナシ」と踏んでの入店である。
並天丼(700円)と上天ぷら定食(1000円)を頼み、
ちょこちょこと取替えっこをすることに。
丼の内容は、海老・いか・きす・蓮根・かぼちゃ・しし唐。
定食は、海老が大海老に、いかが穴子に取って代わり、
野菜類は同じところにしめじが1つ加わった。
どちらにもしじみの味噌汁が付き、
卓上にはきざみたくあんが備えられている。
ビールがエビスの缶ビールしかなくイヤな予感。
仕方なくたくあんをつまみながら飲んでいると、
10分ほどで注文品が同時に上がった。
ごはんに丼つゆは掛けないでとお願いしたが
それでも甘辛味はずいぶんと強い。
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値段のわりにボリューム十分の並天丼
photo by J.C.Okazawa
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だが、天丼はまだよかった。
イケナかったのは定食のほうで
コロモにサクサク感がまったくない。
H三クンの眉毛が8時20分を形成している。
かくしてイヤな予感が的中した次第。
「今夜は早めに飲み始めような」――頭をかきかき、
相棒を慰めるJ.C.でありました。
【本日の店舗紹介】
「あぶら屋」
神奈川県横浜市中区花咲町2-63
045-231-4590
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