第906回
渋谷から大森まで
ただ今好評発売中の「めしとも」12月号の取材では
タンメンをイヤというほど食べた。
食べたというより食べ漁ったというのが当たっている。
言わばタンメンの漁色(ぎょしょく)である。
掲載店は5軒だけだが、訪問したのはおよそ15軒。
「コロッケの唄」ではないけれど、
♪ 今日もタンメン 明日もタンメン ♪
であった。
その日も昼めしどきは恵比寿の「前川」にいた。
初老のご夫婦が営む大好きな店である。
この店を始め、掲載がかなわなかった何軒かは
明日のこのコラムでフォローしておきたい。
昼食後、渋谷まで歩く。
予約を入れたヘアサロンでヘアカットだ。
行きつけのサロンは渋谷区役所前にある。
散髪後、襟足も小ざっぱりと再び歩き始めた。
この日ははるばる大田区・大森まで歩き通すつもり。
道玄坂から神泉の交差点を渡り、大橋ジャンクションに至る。
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工事中のループ部分
photo by J.C.Okazawa
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ちょいとばかりローマのコロッセオを喚起させないでもない。
三宿から学芸大、都立大を経て緑ヶ丘へ。
駅前にあった日本そば屋とビストロが跡形もない。
いったいどうなっていくのだろう、東京の郊外は!
大岡山へ続く線路沿いの坂道を何気なしに振り返る。
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落ちる夕陽が目に痛い
photo by J.C.Okazawa
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裕次郎の「夕陽の丘」と倍賞千恵子の「下町の太陽」が
同時に脳裏をかすめていった。
日蓮上人ゆかりの洗足池のほとりをめぐり、
上池台の住宅街に差し掛かる頃、辺りはもう真っ暗。
とても女性の一人歩きができる状況ではない。
明るいうちはテクテク歩いていたのが
いつの間にかトボトボと歩く自分がミジメ。
馬込・山王を抜け、大森駅東口ロータリーに
到着したのは18時過ぎ。
5時間ほど歩いたことになる。
実はこの夜のターゲットもタンメンだった。
しかるに、いきなりツルツルやる気にはなれない。
飲まず食わずで何時間も歩けば、腹はともかく喉は渇く。
晩酌のスタートにもちょうどよい時間となった。
優れた酒場に恵まれない大森駅界隈ながら
小学生の何年かを過ごした街だから、それなりの愛着はある。
15分ほど徘徊して選んだのは「富士川」なる大衆酒場。
ロータリーに近い飲み屋街の店は
いずれも狭く汚く、つまみも見るからに不味そうで
若いアンちゃんの呼び込みまで耳障り。
そこへいくと商店街のアーケードにあった「富士川」は
暖簾越しにのぞくと下町風の空気が流れ、
独り飲みのオヤジばかりがカウンターに鈴なりだ。
まずはイカフライをつまみにアサヒの大瓶を1本。
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悪くはなかったイカフライ
photo by J.C.Okazawa
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続いて菊正樽酒本醸造の300ml瓶に切り替え、
頼んだ焼きとんはカシラが塩、シロとレバがタレの計3本。
だけどもこれが駄目だった。
例外的に白金・祐天寺・中延辺りに優秀店が散在していても
焼きとんばかりは、城東・城北地区の実力が抜きん出ている。
あらためてそのことを肝に銘じた。
ただしこのお店、周りを見渡すとほとんどの客が
刺身を取っていて見たところそれがなかなか。
ここでは生モノを注文するのが正解かもしれない。
さて、これから重い腰を上げてタンメン、タンメン。
まったくもって、イヤになっちゃう。
【本日の店舗紹介】
「富士川」
東京都大田区大森北1-9-8
03-3765-4957
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