第925回
乳呑み仔牛のTボーンステーキ
こと食べものに関しては何でも揃う、
食の王国・日本に唯一の弱点がある。
それは仔牛肉の入手がほぼ絶望的であることだ。
仔牛を食べる習慣がないと
言ってしまえば身も蓋もないが
この惨状はフランス人やイタリア人、
あるいはアメリカ人から見れば、
にわかに信じがたいことではなかろうか。
日本に帰国して間もない12年前、
「ニューヨークレストランBEST 225」を上梓した。
手前ミソながら「まえがき」をちょいと引用してみたい。
ニューヨークのリストランテと
イタリア本国のそれを比較した、
すぐあとの箇所である。
では、東京のイタリア料理店はどうかというと、
世界最大にして最良の築地市場が控えているのだ、
魚介料理がまずいわけがない。
しかし、日本料理店と比較して、
いまだ、その素晴らしい素材を活かしきれていない。
おまけに日本ではイタリア料理の最重要食材の一つ、
仔牛肉の流通も流行も不十分なのは致命傷。
松阪牛や前沢牛もけっこうだが、
仔牛なくして何の霜降り、食の大国・日本の名が泣く
このように書いた。
あれから一昔以上も経過しているのに
状況はまったく変わっちゃいない。
現在の東京のフレンチ&イタリアンで
真っ当な仔牛肉を供する店は数えるほどしかない。
仔牛の食味は牛肉よりもむしろ豚肉に近い。
使う用途が違うから暴論は許されないが
あえて誤解を恐れずに極論すれば、
仔牛肉の前には薩摩の黒豚も
スペインのイベリコ豚も顔色を失うことだろう。
数ある食肉の中にあって、仔牛こそが美味の極みなのだ。
パリに旅行する親しい友人に
「おみやげには何を?」――こう訊かれたので
「精肉店で骨付き仔牛を買って来て!」――即座に応えた。
その10日後のこと。
パリから携えられた仔牛のTボーンが手元に届く。
Tの字形の骨をはさんで
ロースとフィレがいい塩梅に付いている。
ほのかにオレンジ色を帯びたピンクが食欲をそそりまくる。
不覚にも涙の代わりにヨダレを流しそうになった。
ほどなくして厨房で腕まくりをする
J.C.の姿を見ることが出来た。
ここで唐突ながら吉幾三の珍曲、
「これが本当のゴルフだ!」における
パットシーンを再現したい。
♪ 打っただよ、打っただよ、
青木みたいに打っただよ ♪
哀れパットはグリーンをこぼれてバンカーに入るのだが
彼にあやかって調理にいそしんだ。
♪ 焼いただよ、焼いただよ、
ロブションみたいに焼いただよ ♪
まあ、こんな具合になったんざんす。
味付けは塩・胡椒にガーリックとローズマリー。
ソースは仔牛自身のジュに無化調ブイヨンを少々。
しっかりコニャックでフランベして
8時間も前に抜栓したバローロとともに味わった。
ク〜ッ! たまりませんな、
東京のステーキハウスなんか2度と行くもんか!
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