第937回
四ツ木のお宝「ゑびす」様(その2)
京成線・四ツ木の大衆酒場「ゑびす」に来ている。
終戦の8月に早くも進駐軍用の慰安施設ができてから
半世紀を超えて繁華の続く隣り町・立石と違い、
四ツ木の町は静かなものである。
そんな四ツ木に「ゑびす」のような店が生まれたのは
奇跡に近いことかもしれない。
清酒・高清水をぬる燗と熱燗の中間(上燗)で頼んだ。
ときと場合によるがJ.C.の好みは上燗である。
ぬる燗ならば常温のほうがよいし、熱燗では熱すぎる。
というよりもズボラな店で熱燗を頼むと
置きっぱなしにされて沸騰寸前になったりもする。
蛇足ながら、そのような燗酒は“とびきり燗”と呼ばれる。
逆に一番ぬるいのは“日なた燗”で
これは人肌よりもぬるい。
小肌酢がやって来た。
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品書きにあると必ず注文する小肌酢
photo by J.C.Okazawa
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子どもの頃は毛嫌いしていた小肌だが
給料をもらう歳になってから好きになった。
決定的だったのは1978年の夏、
浅草「弁天山美家古寿司」での体験。
清冽な美味に思わず目からウロコがポロリンコ。
真鱈白子の煮付けも上がった。
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うれしいことに小鉢にいっぱい
photo by J.C.Okazawa
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と思いきや、白子の下にデッカい豆腐が隠れていた。
これを上げ底と揶揄しては可哀想。
なぜって、たったの380円だもの。
今どき助宗鱈ではない真鱈の白子を
こんな値段で食べさせる奇特な店がどこにあろう。
台東・墨田・葛飾区の酒場ならではの芸当で
新宿・中野・渋谷区辺りの店では逆立ちしたってムリ。
夜毎、あっち方面で飲まなきゃならない、
学生・リーマン・オヤジのみなさんは不幸だ。
レベルの低い食いモンに、割高の勘定がついて回るんだから。
燗酒からデンキブランに移行。
浅草1丁目1番地1号の「神谷バー」が編み出した酒である。
電車に乗れば浅草から数えて5つ目の四ツ木だが
ここで浅草名物を飲んで悪いことは何ひとつない。
1分と持たずに飲み干して、お次は焼酎のハイボール。
われながら短い時間によく飲むよ、ジッサイ。
小肌・白子と海の幸が続いた。
この辺で肉々しいものをつまんでおきたい。
浅草や十条の大衆酒場でちょくちょく見掛ける
炒り豚に未練を残しながらもタンガーリック炒めを所望。
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塩味のタンを練り辛子で食べる
photo by J.C.Okazawa
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豚のタンと酎ハイの組合せがいかにも葛飾区だ。
いささか酩酊して夜の町に出る。
ここから立石まで歩いても大した距離ではない。
でも、今夜はよしておこう。
店の前の通り、まいろーど四つ木を駅に向かった。
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荒川土手の彼方に西空が明るい
photo by J.C.Okazawa
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三波春夫「大利根無情」の平手造酒ではないが
“見てはいけない西空”を見上げた。
道の真ん中でデジカメを取り出し、シャッターを切ると
向かって来たクルマにクラクションを鳴らされた。
「I know, I know, 判ってますって!」
下手なドライバーほどプープー、プープー鳴らすんだから。
まったくもって、無粋なヤツめ!
【本日の店舗紹介】
「ゑびす」
東京都葛飾区四つ木1丁目32-9
03-3694-8024
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