第942回
裏切りの豆苗
日々、食べる歓びを満喫しながら思うことは
何によらず、新鮮なものはおいしい、
そして本物はとおとい、ということである。
熟成や発酵を要するものはその限りになくとも
熟成・発酵を迎える前の段階、
製造の初期には新鮮な素材が求められるはずだ。
また、本物がとおとい限り、逆にニセ物はうとましい。
「ミシュラン東京」が一ツ星を付けた中国料理店で
ニセ物と呼ぶのは酷かもしれないが
そう揶揄されても言い訳のしにくい料理に憮然とした。
季節はずれに暖かい日曜の夜、
恵比寿は「MASA’S KITCHEN」でのことである。
渋谷のサロンで調髪後、
時間が早いので散歩がてらに歩いて行った。
それでも開店の18時前に到着してしまい、
しばらく外で時間を費やす。
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開店直後の店内は客もまばら
photo by J.C.Okazawa
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ほの暗い照明に、早くもまともな写真をあきらめた。
相方と生ビールのグラスを合わせ、注文をこなす。
名代の小籠包はレギュラー版に加え、
干し貝柱入り、上海蟹入りと3種類をお願い。
これが揃いも揃って花マルの3連発。
都内屈指、いや、都内一の小籠包と言い切ってよい。
キメ細かな薄皮に包まれた具材の旨みが
スープとともに口内にあふれ返った。
と、そのあとである。
所望した豆苗炒めがくだんの“ニセ物”であった。
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確かに豆の苗だけれど・・・
photo by J.C.Okazawa
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黒い皿に盛られていたのは、さやえんどうの貝割れだった。
10年ほど前からスーパーでも売られている安いヤツだ。
これを中国人に出したら張り倒されるだろう。
豆苗と書いても本場では貝割れでなく若葉を指す。
読者にはソメイヨシノの花が終わったあとの
葉桜を想像していただきたい。
苗と葉はまったくの別物で1:10ほどの価格差があろう。
しかもこの夜は経験上、ニセ物を怖れたJ.C.は
接客の女性にちゃんと念を押してあった。
「貝割れじゃないですね? 若葉の豆苗ですよね?」
思い起こせばそのときの彼女の「ハイ」は
いかにも自信なさげだった。
おそらくその知識がなかったのだろう。
ところが、これはこれで美味しいのだから始末に悪い。
まあ、不味いよりはいいけれど、
何だか上手く丸め込まれたような後味の悪さが残る。
不味けりゃ「ホレ、見たことか!」と
拳を振り上げられるところを、われわれ2人、
「美味しいね」なんて、のんきに顔を見合わせてるんだもの。
おあとの海鮮白麻婆豆腐も上出来だ。
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帆立と海老入りの麻婆豆腐は白仕立て
photo by J.C.Okazawa
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間髪入れずに白飯をいただく。
黒酢のサンラー麺、海老の黒炒飯もすばらしかった。
この店は東京で五指に入る中国料理店だろう。
順に屈していけば親指か人差し指、悪くとも中指だ。
ただし、豆苗を除いてはネ。
われながらシツコいな、まだ言ってるヨ。
【本日の店舗紹介】
「MASA’S KITCHEN」
東京都渋谷区恵比寿1-21-13 コンフォリア恵比寿B1
03-3473-0729
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