第945回
すし屋横町でつつく鍋(その2)
1月4日午後、浅草・すし屋横町の「三岩」で
ニシン酢を肴に一杯やり始めたところ。
下町の和食店や居酒屋においては
小肌の酢〆はポピュラーだがニシン酢は珍しい。
都内でもニシンを供する店は
ビヤホールやロシア料理店に限られよう。
あとは数少ない北欧料理店くらいか。
ごくまれに江戸前の鮨屋で見掛けることはある。
河岸で良質のニシンに遭遇した親方が
気まぐれ、あるいは戯れに仕入れてくるようだ。
青背のひかりモノは酢と出会って
初めて本領を発揮するもの、典型的な江戸前シゴトで
小肌など、この世に酢というものがなかったら
永遠に日の目を見ることがなかったろう。 お次は鍋である。
品書きには、湯豆腐・たらちり・とり鍋・
かき鍋・牛鍋と、5種類が並んでいる。
牛鍋はいわゆるすき焼きだ。
大晦日にすき焼きを食べたばかりで牛鍋をはずす。
かきもこのところ生がき・酢がき・かきフライと
立て続けに食べていて、これまた除外。
湯豆腐ではちと淋しいし、となればたらちりかとり鍋だ。
とり鍋はどうせ鳥肉のすき焼きだろう。
結果、消去法で残った、たらちりをおもむろにお願い。
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たらちりは鱈入り湯豆腐だった
photo by J.C.Okazawa
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一般にたらちりには2種類あって
湯豆腐のように削り節を投入した醤油でやるのと
ふぐちりの如くにちりポン酢で食すタイプだ。
後者が好みなのだが、別に前者を忌み嫌うこともなく、
したがって不平不満はさらさらない。
白鶴の上燗のおかげで新年早々、ほろ酔い気分。
こいつは春から縁起がいいや。
後日。
それも1週間と空けずに再び「三岩」である。
義理もしがらみもないが、またやって来た。
もともと浅草には中休みを取らずに通し営業して
そのぶん夜の浅いうちに暖簾をしまう店が多い。
この「三岩」もご多分にもれず、通しで営業する。
そのくせ夜もそこそこの時間まで開けているから
使い勝手がとってもよろしい。
この夜はキスのフライととり鍋だった。
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すき焼き風のとり鍋
photo by J.C.Okazawa
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すし屋横町で鍋ばかりつついている。
J.C.はこの店の大衆的な雰囲気が大好き。
殊に2階の入れ込みの座敷は
古き良きエンコの匂いが濃密に立ち込めている。
この空間に身を置き、酒盃を重ねるだけで
幸せな気分になれてしまう。
エンコって何だ? ってか?
浅草の俗称でカタギ衆が使う言葉じゃないが、
いい機会だからご説明しやしょう。
やくざ映画でお馴染みのジュク(新宿)と
ブクロ(池袋)のことはどちらさんもご存知でしょう。
それじゃノガミは?
これは上野をひっくり返して野上(ノガミ)。
同様に浅草公園の公園を逆さまにして園公(エンコウ)、
それが縮まってエンコとなったわけだ。
高倉健の唄う「唐獅子牡丹」(劇場バージョン)にも
ちゃあんと出てきやすよ。
♪ エンコ生まれの 浅草育ち
やくざ風情と いわれていても
ドスが怖くて 渡世はできぬ ♪
ってネ。
何のことはない、
これって生まれも育ちも浅草なんざんす。
【本日の店舗紹介】
「三岩」
東京都台東区浅草1-8-4
03-3844-8632
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