「一歩一歩、おいしさを探して」
J.C.オカザワの脚で綴ったダイアリー

第962回
銀座の「あら輝」の訪問記(その4)

にぎり鮨を食べるのに指を使わぬ理由であった。
指先に付着した鮨種の匂いが体温で温まり、
次第しだいに生臭くなってくるからだ。
われながら神経質なことで、おおらかな人なら
「ほとんどビョーキ」と眉をひそめるかも・・・。

でもネ、お手拭きでぬぐったくらいでは
煮キリ醤油は落ちてもサカナの匂いまでは消せない。
コッテリした大とろや寒ぶりなんぞ、
脂が指紋となってグラスを汚し、それがイヤ。
透明なグラスには、透明なままでいてほしい。
天地真理にもずっと透き通っていてほしかった。
何のこっちゃい!

箸を使う客には酢めしを固めに
にぎってくれる職人さんがいるが
こういう心遣いはありがたいものだ。
その点、「あら輝」のにぎりはちと柔らかすぎ。
かなりの箸の使い手でも苦労を余儀なくされる。
五月蝿(うるさ)い蝿(はえ)を
箸でつまんだ宮本武蔵並みの手腕が求められよう。
どうにか真鯛を取り押さえ、酒を芋焼酎に切り替えた。
おやおや、隣りの呑ん兵衛をとやかく言えた義理ではないな。

お次のにぎりは本まぐろの赤身。
長崎県は壱岐に揚がったものだそうだ。
「あら輝」の親方はかつて薫陶を受けた
「きよ田」の先代にほとほと傾倒しているようだ。
尾張名古屋は城で持ち、銀座「きよ田」はまぐろで持つ。
この伝統は代替わりした現在も変わらない。
「きよ田」の顰みに倣って「あら輝」もまた、
まぐろには並々ならぬ執着を見せている。

その執着が表れるのは赤身に続いた中とろと大とろ。
ともに2カンずつ供され、まぐろだけで計5カンになった。
余程のまぐろフリークでもなければこんなには食べない。
目の前に置かれた2カンのにぎりは平行ではなく、
珍しいV字形を成して並んでいる。
扇形といったら、より判りやすいだろうか。
これこそが「きよ田」の習わしであり、
このスタイルを踏襲する店をほかに知らない。

さより・ゆで車海老・焼き真鱈白子・生あじ・
煮はまぐり・煮穴子と、にぎりは続き、
締めはスペシャリテのチョモランマ。
この奇怪なる名を持つ物体はまぐろ掻き身の手巻き。
世界最高峰をかたどるよう、凸形に巻かれて手渡される。
とうとう結びの一番までまぐろが土俵に上がった。

最初の真鯛を加え、数えてみると
まぐろ以外のにぎりはたった7カンにすぎない。
いかとたこの不在はまあ、認めよう。
しかしねェ、ひかりモノは生あじだけで
春子・小肌・きす・さばなど、
江戸前シゴトを施した種は全滅ですぜ。
貝類も“貝無”、もとい、皆無ならば、
玉子すら姿を見せることがなかった。
これを持って江戸前鮨と呼ぶのは、いささか無理がある。

飲みものはビール小瓶3本・燗酒3本・焼酎3杯。
かくして勘定はお二人様金51000円也。
7年半前の初回は25500円だった。
ハ〜ッ、ため息交じりに帰らぬ昔を懐かしんだのも束の間、
やや、やややっ! 何だ、ピッタンコで2倍じゃないか!
何とまあ、奇っ怪な、これって単なる偶然だろうか?

とこぶしを除けば、素材はすべて良質ではあった。
ただし、1人25000円超えの支払い額である。
しかもまぐろへの偏重は尋常ではない。
ここまでまぐろで攻められちゃ、
本まぐろと南まぐろの違いはあれど、
駿州・清水港の「末廣鮨」を思い浮かべたJ.C.であった。


【本日の店舗紹介】
「あら輝」
 東京都中央区銀座5-14-14
 03-3545-0199

 
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2010年3月12日(金)

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