第968回
女が消える上中里(その3)
懸案の「花屋食堂」の訪問を終え、
もう当分は来ることがないはずの上中里。
ところが食後の散歩で
また大衆食堂を見つけてしまった。
新しい収穫の「やまと食堂」に出向いたのは
遭遇してから1ヶ月のちのこと。
「花屋」と同じ知人に同行してもらう。
住宅街に見覚えのあるたたずまい。
こちらはずっと間口が狭い。
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洗いざらしの暖簾に風情あり
photo by J.C.Okazawa
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「花屋」ではついに女性客を見掛けなかったが
「やまと」はどうであろう。
ガラス戸を引くと、予想外の光景が拡がっていた。
店内は若い女性たちであふれ返っていた・・・
というのは悪い冗談で、丸っきりのオジさんワールドだ。
何が意外だったかというと、
奥行きのあるスペースの半分以上が厨房なのだ。
一番奥に中年の夫婦がフル稼働している。
フロアの接客係はどう見ても
古希をいくつか超えていそうなお婆ちゃんが一人。
この人がスゴく、八面六臂(はちめんろっぴ)の大活躍。
口八丁手八丁とはこういうことをいうのだろう。
厨房の2人は婆ちゃんの息子か娘夫婦と見た。
発見時にメニューをデジカメに収めたから
おおよその注文品は決めてある。
焼き魚と煮魚の内容だけは訊ねてみないと判らない、
と思いきや、壁にホワイトボードがぶら下がっていた。
焼きものは、さんま・さば・ホッケ・赤魚の4種類。
煮ものはいわしのみで
サカナではないが、もつ煮込み定食もあった。
結局はあらかじめ決めてあった料理に落ち着く。
頼んだものは3品。
オムレツ定食・チキンライス・タンメンである。
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丁寧に焼かれて焦げ目がちょうどいい
photo by J.C.Okazawa
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炒飯みたいに形抜きされている
photo by J.C.Okazawa
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半透明のスープはアッサリ味
photo by J.C.Okazawa
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奇しくもオムレツの中身は「花屋」と同じハムだった。
特筆はチキンライスで写真からはうかがい知れぬが
スプーンを入れるとブツ切りの鳥もも肉がゴロゴロ。
焼き鳥にしたら3本分ほども詰まっていたのである。
こんなチキンライスは見たことがない。お値打ちである。
味付けも下町風に下世話で好感が持てた。
オムレツを乗っけたりもして即席オムライスの誕生だ。
タンメンはちぢれの太麺を使用。
多加水麺はちょっとインスタントっぽく、感心しない。
ただし、「小どんぶりを持って来ようか?」と、
打診してくれたお婆ちゃんの心遣いに胸温まる。
それにしてもこの婆ちゃん、
「かぐら坂新富寿司」の大女将に負けず劣らず元気一杯。
やはり皇潤でも飲んでいるのかな。
とうとう最後までツレ以外に女性客は現れなかった。
上中里にはまったく女がいないのである。
アラブやトルコじゃあるまいし、花は何処へ行った?
婆ちゃんの威勢のいい声に送られ、気持ちよく外へ出る。
5〜6歩、足を運ぶと大好きな香りが漂ってきた。
ふと見ると路地の生け垣に沈丁花が2〜3株。
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女性の不在を埋める沈丁花
photo by J.C.Okazawa
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灰色の町に可憐な花が匂い立つ。
【本日の店舗紹介】
「やまと食堂」
東京都北区上中里2-7-15
03-3919-3240
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