第983回
黒い瞳に見つめられ(その2)
築105年を経て、いまだ現役の下宿屋・本郷館。
東大正門から数分の場所にある。
ここで美しき“黒い瞳”に見つめられたのだ。
正確を期すると、出会いの場所は本郷館ではない。
実はその数軒隣りの鮮魚店だった。
屋号を「魚安」という。
ここの看板娘が町内で評判の美女。
立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は・・・・
こういう女性をマドンナというのでしょうな。
いや、芭蕉が詠んだ句、
象潟や 雨に西施が ねぶの花
この古代中国の美女、西施がふさわしい。
と、こう書きたいところなれど、
瞳の持ち主は魚屋の娘ではなかった。
もっとあどけない表情をしていた。
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目はパッチリと色白で
photo by J.C.Okazawa
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どうです? 可愛いでしょ?
血合いの美しさが鮮度の高さを証明している。
何を隠そう、このサカナこそが縞あじである。
しかも滅多なことでは市場に出回らない天然モノである。
身体はずいぶんと小さめであった。
養殖だったらこんなチビは出荷されない。
大きいものは1メートル近くに達するそうだから
成魚の4分の1といったサイズか。
これが10尾ほど、ガラスのケースに並んでいた。
魚河岸・デパ地下・鮮魚店、これらはすべてJ.C.の縄張り。
しょっちゅう出入りしているから尾頭が付いていれば
魚名の判別がつきかねるようなサカナに出会うことはない。
この縞あじも瞬時に判ったものの、これほど小さいのは初めて、
はたして味のほうはどうだろう。
青背の仲間でもっとも淡白な縞あじだから
その幼魚であれば風味の欠落が懸念される。
To buy, or not to buy: that is the question.
先日の鯨ベーコンに続き、ハムレット症候群に見舞われた。
人の好さそうな店主に訊ねると、
産地は八丈島で味は保証すると言う。
となれば、こちらは「じゃあ、買いましょう」だ。
この時点で当夜のウチめしが決定。
ほかにも惹かれるサカナがズラリと並んでいる。
本まぐろは赤身・中とろ・大とろの揃い踏み。
ともに酢で〆た、さばと小あじ。
縞あじと同じ八丈島に揚がった初がつおもあり、
かつお好きのJ.C.は内心、もうこれに決めている。
店主がしつこいくらいに「初がつお、初がつお」を連呼する。
「香りを楽しんでください。あっさりして旨いですよ」
ことここに至ってピンと来た。
野暮な客に後日、
「親父さん、この間のかつお、ぜんぜん脂が乗ってなかったぜ」
―― 店主の屈託はこのことであったろう。
何でもかんでも脂っこいのが好まれるご時勢、
モノの価値の判らぬ輩(やから)ほど、始末の悪いものはない。
「心配には及ばんよ」――胸の中でつぶやいて
縞チャン・初ッチャンを盛合わせてもらった。
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さっきの写真をちょっと引いただけ
photo by J.C.Okazawa
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どちらもよかったけれど僅差で縞チャンに軍配。
そうちょくちょくは来れないけれど
“再訪、絶対あり!”の「魚安」であった。 ♪ 黒い瞳が待つよ あの丘越せば
走れJ.C. 今宵は楽しい宴 ♪
【本日の店舗紹介】
「魚安」
東京都文京区本郷6-21-9
03-3811-4037
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