第988回
花咲き誇る余丁町(その2)
かつて永井荷風の断腸亭があった余丁町をぶらついている。
余丁町4番地に昭和から抜け出たような店を発見したところだ。
もともと余丁町は大久保四丁町を名乗る予定だった。
しかるにその折、縁起の悪い“四”の字が
“余”の字に差し替えられる。
ここは四丁町四番地になるハズだったのである。
店はこんなたたずまいであった。
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緑のトタンが強い印象を残す
photo by J.C.Okazawa
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ちょっと見、飲食店とは気づかなかったが
「蛍」という屋号の飲み屋らしい。
墨田区・押上に若夫婦が2人で切盛りする、
小さな焼き鳥屋「ほたる」があるが
それを押しのけて記憶の奥から這い出て来たのは
高倉健主演の映画「ホタル」・・・、じゃなくて「夜叉」。
シャブ中の情夫、ビートたけしにまとわりつかれる田中裕子が
女手一つで開いた飲み屋が「蛍」だ。
北陸の漁師町を舞台にした、いい映画だった。
曇りガラスの引き戸の右手上方に透明な部分があり、
両目の脇に手をかざしてのぞき見ると、
左手にカウンターが伸びていた。
バーのようでもあり、居酒屋のようでもある、そんな店だ。
横手に回ったら、こちらのほうが正面以上にスゴかった。
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緑のトタンの印象がもっと強烈
photo by J.C.Okazawa
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いやあ、いったいどんな人が経営しているのだろう。
これは近いうちに訪れなければ・・・。
「蛍」に心を残しつつ、なおも散歩は続く。
「蛍」のちょいと先に奇妙な看板を見つけた。
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洋食屋と運送屋を兼ねる商売か?
photo by J.C.Okazawa
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しげしげとながめてみると
洋食屋はすでに閉業しているが、運送屋は続いていた。
建物の写真を撮っているときに
運送屋の軽トラックが戻って来てしまい、
運転手のオジさんと顔を合わせる羽目に。
まあ、間の悪いこと、バツの悪いことといったらない。
なおも同じ道を市谷台町に向かって下る。
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右が余丁町、左が富久町、「蛍」はこの先の右手
photo by J.C.Okazawa
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荷風散人が路地からひょっこり現れ出でても不思議ではない。
抜弁天と住吉町を結ぶ都の都市計画道路、
放射6号線を渡ると、今度は満開の白木蓮に迎えられた。
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高層ビルと木蓮の対比が美しい
photo by J.C.Okazawa
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都会のど真ん中にこんなにも花が咲き誇っているのだ。
東京もまだまだ捨てたものではないぞ!
久しぶりに曙橋の商店街でも冷やかしてみるかと
さらに坂を下りてゆく途中の小道に
玄関を草花で彩ったお茶目なアパートに差し掛かった。
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菊は見当たらない白菊荘
photo by J.C.Okazawa
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秋になったらきっと、白菊がお目見えするのだろう。 何だかゆく先々が花だらけ。
近所の市ヶ谷濠端の桜には、まだ半月ほど早かったが
わが世の春と咲き乱れる桜とは違った風情で
ミモザも椿も白木蓮も、心に染み入るものがある。
めぐる季節を追いかけるように夏にも秋にも冬にも
この町に戻ってくる自分を今、想像している。
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