「一歩一歩、おいしさを探して」
J.C.オカザワの脚で綴ったダイアリー

第1002回
そば屋の夕暮れ (その1)

御徒町駅前のガード脇。
春日通りをはさんだ松坂屋のはす向かいに
「萬盛庵」という古い日本そば屋がある。
本郷の裏横丁にやはり「萬盛庵」を名乗って
おいしいそばを食べさせる店があったが
数年前に閉業してしまった。

入ったことはないのだけれど、
田端から西ヶ原に抜ける高台通りにも同名店があり、
訪問歴のある友人によれば、
なかなかのそばを食わせる佳店だそうだ。
いずれ足を運んでみよう。

本日の主役、御徒町「萬盛庵」の存在は
はるか昔から認知している。
しているのだが、いざ利用する段になると
いつも二の足を踏んでしまう。
古い店だからたたずまいにも
それなりの風格が備わっているのだが
長いこと雨風にさらされたせいか、
建物がいくぶん傾いているようにも見える。
店頭のサンプルだって何だかパッとしない。
よってずっと未踏だったのだ。

それがある日の夕暮れ、
フラリと足を踏み入れてしまった。
喉が渇いて無性にビールが飲みたかったのが一因。
パッとしないサンプルの中に
三色せいろを見とめたことも影響していよう。

店内の雰囲気はそば屋というよりも
くたびれた甘味処か、下世話な和風喫茶だ。
先客は中年のオバさんばかりが3人でそれぞれ単身。
買い物帰りの和服姿と洋服姿に
エプロンを付けたままの女性は
近所の商店の売り子さんであろう。
そば屋ではなく甘味処の客にありがちではないか。

和服が雑煮を食べている。
くわえた餅が紅色の唇の間から
ビローンとのびたのでそれと判った。
洋服はかけそばだか、たぬきだか、温かいそばだ。
もしかしたら、すすっているのはきつねかもしれない。
エプロンの注文品はまだ届いていないので
この時点では判らなかったものの、あとでざるそばと判明。

常連かどうかは定かでないが
3人とも初訪問ではないようだ。
特に雑煮の和服と、ざるのエプロンは
その所作からしてまずリピーターに間違いあるまい。

われに返ってビールと三色せいろをお願い。
品書きに穴子の天ぷらを見つけてそれも追加した。
ビールとともにチンケなブロッコリーが1房。
すでに緑色が褪めかかっている。
突き出しのつもりらしいが
もうこれだけで入店を後悔し始めた。

せいろより先に到着した天ぷらの穴子自体は可も不可もない。

小ぶりな穴子が1尾付け
photo by J.C.Okazawa

ただし、天つゆがいただけない。
天つゆというより、かけつゆに近いのだ。
やれやれ、もらすともなくため息がもれる。
そのとき、引き戸が引かれ、カップルが入ってきた。

            =つづく=

 
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2010年5月7日(金)

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