「一歩一歩、おいしさを探して」
J.C.オカザワの脚で綴ったダイアリー

第1003回
そば屋の夕暮れ (その2)

御徒町の「萬盛庵」でちょいと早めの晩酌。
卓上には半分残った穴子天と飲みさしのビール。
店内にいる先客はオバさんが3人だ。
べつにジロジロ観察するつもりはないけれど、
結果としてピープル・ウォッチングをしてしまった。

カップルが来店して、すぐ目の前のテーブルに陣取った。
2人との距離は多少あるものの、彼らが対戦する両力士、
J.C.がそれをさばく行司といった位置取りである。
要するに2人の横顔が丸見えだ。

男性は40前後のサラリーマン風。
小肥りの身体に黒のスーツと黒ブチの眼鏡である。
女性は20代前半の外国人。
ふるさとはおそらくフィリピンだろう。
電話を掛け始めたのですぐに確認できた。
案の定、タガログ語である。

奇妙な組合わせだと感じたが、すぐに得心。
フィリピンパブ(今でもこう呼ぶのかな?)の多い湯島と
ここ御徒町はそれこそ目と鼻の先、
同伴出勤前の腹ごしらえなのである。
2人はいったい何を食べるのだろう。
俗物根性を反省しながらもささやかな好奇心が湧く。
男のほうはどうでもよい、
彼女は日本そばを注文するのだろうか。

男がビールを頼み、品書きに目を通しながら
相方に何やら説明している。
暇を持て余していたJ.C.はすかさず推理し始めた。
彼女がせいろやかけそばを食べるとは思えない。
おおかた海老か鶏肉のどちらかを使った種物だろう。
海老だと、天ぷらそばじゃ食べにくいから天ざる。
鶏となれば、鳥南蛮ではなかろうか。

彼女がオーダーしたのは親子丼であった。
そうか、その手があったか、惜しかった!
ちなみに黒ブチが頼んだのは鴨南蛮。
そこへお願いしてあったJ.C.の三色せいろが到着。
ビールを飲み終わったのを見て
接客のオニイさんが間をおかずに運んでくれたのだ。
ところが、それを一目見てわが目を疑った。

電話のコードみたいな白と緑のうどん
photo by J.C.Okazawa

どう見たって、そばじゃあないわな。
チヂレた稲庭うどんみたいじゃないか。
こうなると目の前の国際カップルなんか視界から消える。

そばはともかく、“電話コード”は断線の憂き目。
せめて注文の際にひとこと説明して欲しかった。
おまけにつゆにも大いにケレンがあって
かつおが利いているわりに甘みが相当強い。
黒糖のようなエグみすら感じる。
薬味はさらしねぎと悲しいかなニセワサだ。
かくして、夢破れて三色あり。

帰宅後、「萬盛庵」の氏素性を調べていて
とんでもないことが判明した。
何と、創業は宝暦3年(1753年)であったのだ。
赤穂浪士の切腹のちょうど半世紀後である。
浅草馬道、日本橋馬喰町を経て当地に落ち着き、当代は16代目。
「萬盛庵」のルーツをたどればここに行き着くのだ。
人は見かけによらぬもの、そば屋も見かけによらぬもの。
初代が“電話コード”を見たら、どんな言葉を発するだろうか。


【本日の店舗紹介】
「萬盛庵」
  東京都台東区上野4-1-2
 03-3831-9705

 
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2010年5月10日(月)

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