第1017回
街には「ルビーの指輪」が流れていた(その2)
「ルビーの指輪」は1981年のレコード大賞曲。
東京の街ではいたるところにこの曲が流れていた。
この現象は日本全国津々浦々、等しく同様であったろう。
同年の「メモリーグラス」と「サヨナラ模様」も名曲だった。
昔を振り向き始めるのは歳をとった証拠。
判っているが、振り返られることもなく、
忘れ去られようとする過去は
けして幸せなものではなかったはずだ。
当時、ときどき訪れた新橋の和食店「中川」に独りで来ている。
すでに大女将の姿なく、その息子さんだろうか、
きちんとした江戸弁を話す店主が接客に当たっていた。
厨房にいるのは奥さんらしい。
カウンターの中は店主夫婦の娘さんに違いない。
雇われ人にはない心の余裕が感じられる。
となれば、彼女は大女将の孫に当たるわけだ。
実際は奥さんでも娘さんでもなかったりして・・・。
壁に貼られた短冊に目を移す。
売切れか入荷ナシか定かではないが
数葉の短冊が裏を見せている。
ザットと数えて三十数品、
気に染まった料理を書き出してみよう。
ふき煮付け・新玉葱の酢の物・きんぴら・がんも・
めざし・たらこ焼き・自家製コロッケ・あじフライ・
〆あじ・かつお刺身・まぐろブツ切り・さわら照焼き・
さば味噌煮・肉豆腐
こんなところである。
最初に頼んだのは〆あじ。
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酢も塩も軽めの〆あじ
photo by J.C.Okazawa
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店によっては酢あじ、あるいはあじ酢と表記されよう。
ひかりモノは酢と出会って初めて魅力を発揮するもので
いかに鮮度が高くともナマのままでは食指が動かない。
〆あじは大好きだが、あじのタタキを注文することはなく、
むしろタタキは嫌いな部類に属する。
いわし・さんま・さば、いずれも酢で〆なければイヤだ。
当たり外れが多いきんぴらを2品目に。
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盛付け次第で可憐な一品となる
photo by J.C.Okazawa
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胡麻油で甘辛く炒りつけた固めの仕上がりを好むので
味付け、歯ざわりともに的を射てはいないが
これはこれで悪くはない。
芋洗坂のふもとのテレビ朝日から紆余曲折を経て
およそ1時間を歩き、たどりついた新橋。
そのかいあってビールの旨さは格別である。
おかげで大瓶を2本も飲み干してしまった。
このあたりで焼き魚か煮魚がほしい。
ほしいけれど、ビールを1266ccも胃の腑に貯めている。
固形物でなく、液体で満腹状態だ。
若い頃ならいざしらず、いい歳こいて
大量の冷たいものが身体によいはずはなかろう。
こればかりは判っちゃいるけど、やめられない。
そこで選んだのがめざしである。
子どもの頃は見向きもしなかっためざしクンである。
本当はまたいでやりたかったのだが、
食べものをまたぐと母親に張り倒されるから
目を背ける程度にしておいたのだ。
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一連四尾のめざし
photo by J.C.Okazawa
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めざしと謳われてはいても目ではなく、
ほほを貫かれたほほざしであった。
あんなに嫌っためざしが今では酒によし、飯によし。
ときどきむやみに食べたくなるのだから
人間の嗜好は月日とともに変われば変わるものである。 【本日の店舗紹介】
「中川」
東京都港区西新橋1-14-8
03-3591-2976
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