第1054回
ぶらり多摩川線の旅(その3)
東急・多摩川線の武蔵新田に降り立った。
かつてはカフェー街として栄えた土地柄である。
木村聡さんが著してくれた、わが愛読書、
「赤線跡を歩く〜消えゆく夢の街を訪ねて〜」
(自由国民社)
によれば、
石川島造船所の寮に転用されて
追い出された洲崎の業者が羽田空港の玄関口、
穴守に移転したものの、
今度は飛行場拡張のために立ち退きを余儀なくされ、
武蔵新田に移って来たのが始まりらしい。
新田は“にった”と読む。
豊島区の巣鴨新田、松戸市の松戸新田が
“しんでん”と読まれるのとは好対照だ。
近くの新田義貞ゆかりの新田神社が駅名の由来となった。
周辺は花街の面影を色濃く残して
狭苦しい一角に飲み屋がひしめき、目移りしてしまう。
駅前で懐旧の気持ちくすぐるパン屋が店を開けていた。
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こういうパン屋はJ.C.の弱点である
photo by J.C.Okazawa
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どうやら創業72年ということらしい
photo by J.C.Okazawa
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つい誘われて、三色パンを買ってしまった。
餡子・ジャム・クリームの三色は子どもの頃、
三つ島(みつじま)と呼ばれていたはずだ。
駅から神社に向かう細い商店街に
アラ!懐かしや、金魚屋を発見。
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何十年ぶりでこんな光景に出会った
photo by J.C.Okazawa
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小鳥屋や熱帯魚を扱う店はあっても
金魚を主役に据えた店は
それこそ奈良の大和郡山にでも遠征しなければ
お目に掛かれるものではない。
パン屋と金魚屋、この2軒だけでもう胸がいっぱい。
武蔵新田に来てよかったと
深く、深く感じ入っている自分がいる。
いやあ、いい町ですわ、ここは!
駅と金魚屋の中間辺りに
少しく気を惹く天ぷら屋があった。
「ころも」という屋号があまりにもベタながら
やはり気にかかるものは気にかかる。
パン屋に引き続き、再びふらふらっと入店。
カウンターに陣取って壁の品書きを見やると
生モノを含めてなかなかのラインナップ。
夏らしく、まずはコチの薄造りから攻めてみる。
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ちょっと見はふぐ刺しか
photo by J.C.Okazawa
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ポーション小さめでガサツでないところがよい。
酒の肴は美味少量にしくはなし。
コチをポン酢でいただいて
お次は珍しいカマスの刺身。
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皮目のあとの銀色も美しく
photo by J.C.Okazawa
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水っぽいカマスは刺身に向かないが
この店は軽く〆てある。
今宵は旨い酒が飲めそうだ。
あらためて意地汚く舌なめずりをしたことであった。
=つづく=
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