第1058回
闇夜に浮かんだちょうちん(その2)
港区・三田は慶大の近く、
闇夜にポッカリ浮き出たちょうちんに惹かれて
敷居をまたいだ餃子屋さん。
よくよく見れば、赤ちょうちんではなくて
うしろの赤のれんのせいでそう見えたのだった。
ビールを飲むピッチはやけに遅い。
さもありなんて、
すでに3軒の角打ちを渡り歩いたのだもの。
ほどなく餃子が焼き上がった。
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小太りの焼き餃子
photo by J.C.Okazawa
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真冬の電線に列を成すふくら雀のようなかたちをしている。
2人連れのリーマンと孤独なOLがほぼ同時にお勘定。
手の空いた女店主に訊ねてみた。
「お店の名前は何ていうんですか?」
「それがないんですよ」
「エエッ!」
「みなさん『餃子屋』って呼んでるみたいです」
「ふ〜ん。ラーメンはないんでしょ?」
「むかしはやってたんですけどね」
「そんときの店名は?」
「やっぱり『ラーメン屋』って呼ばれてました」
「あっ、そうか。何でラーメン、やめちゃったの?」
「主人が身体こわしちゃって」
「・・・・。
女手一つじゃラーメンはキツいよね、スープがね」
「そう、そうなの、あれは大変」
ラーメンが姿を消し、
ジャージャーメンが生まれた理由がこれだった。
ジャージャーメンなら食材も餃子と似たり寄ったりだし。
焼き餃子とともにビールがなくなった。
「ビールもう1本いいかな?」
「どうぞ」
「ついでに水餃子もお願いします」
湯気を立てる水餃子を口元に運んでいると、
店主が目の前にきて餃子を包み始めた。
「それで旦那さん、今は?」
「だいぶよくなってお昼は洗いものを手伝いに来てくれたり、
来なかったり・・・」
「そりゃよかったね。昼のほうが忙しいんだろうね?」
「ええ、でもそれほどじゃないです」
餃子を包みながらの女性と
差し向かいで話をしたことはないが
何だか映画の一シーンを演じているような気がした。
これで八代亜紀の「舟唄」でも流れりゃ、
役者はお互い、グンとオチるけど、
高倉健と倍賞千恵子の名コンビ、
「駅STATION」の一コマそのものだ。
文字通り名もない「餃子屋」は
店先も店内も映画のセットさながら。
飾り気はこれっぽっちもなく、
できるものは餃子とジャージャーメンのみ。
酒だっておそらくビールだけだろう。
それでも読者におかれては
近所に行く御用がありましたら
立ち寄ってあげてください。
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