第1063回
わがふるさと長野へ(その2)
信州・上田は戦国の英雄・真田幸村のお膝元。
たびたびこの地を訪れた池波正太郎が
信州そばに舌鼓を打った「刀屋」に来ている。
店名の由来はそば屋に生まれ変わる以前、
刀鍛冶を生業(なりわい)としたことにある。
ご先祖は刀剣の代わりに
そば包丁まで自ら鍛えたのかもしれない。
天ちらし、いわゆる天ぷら盛合わせは
特段、秀でるとこともなく、ごく、ごく普通。
むしろビールには添えられた漬物のほうが恰好の合いの手だ。
そうこうするうち、いっせいにそばがゆで上がった。
全員が全品を味わえるように分け合っていただくのだ。
目の前の真田そばに箸をつけた。
 |
中ざる仕立ての真田そば
photo by J.C.Okazawa
|
写真の左下をご覧いただきたい。
小鉢には練り味噌・なめこ・削り節、その上にはかつお出汁。
小鉢に出汁を注ぎ、ざるのつけ汁とするわけだ。
さらには本来のそばつゆを加えたりもして
舌先に変化をつけながら楽しむのである。
これが純朴な風味を醸して実によかった。
思えば信州そばに信州味噌、
同じ土地で生まれたもの同士の相性が悪いはずはない。
ましてや味わうJ.C.までが信州の産ときては
何をか言わんや、である。
普通盛りのボリュームもお目にかけよう。
 |
てんこ盛りにもかかわらず、普通もり
photo by J.C.Okazawa
|
中太やや平打ちのもりは池波翁のおおせの通り、
東京の3枚分はあった。
これを650円で食べられる上田市民は幸せだろう。
室町の「砂場」や浅草の「並木やぶ」で
この量をやっつけたら身上(しんしょう)を
ツブすことにもなりかねない。
つゆはほどよい甘さを備えた実直なもの。
薬味はきざみねぎ・大根おろし・粉わさびだ。
信州そばにもっとも合うのはもちろんおろし。
鮨にはわさび、うなぎに山椒、
そしてそばにはおろしが一番なのである。
真田そばと同様に一同が惹かれたくるみそばは
思いのほかに不評であった。
 |
中ざる仕立てのくるみそば
photo by J.C.Okazawa
|
その原因はくるみダレのあまりの甘さだ。
読者にはしゃぶしゃぶの胡麻ダレを想像していただきたい。
逆に温モノもカバーしておこうと思って
頼んだかけそばが大好評。
 |
一見、立ち食いそば屋のそれと変わらない
photo by J.C.Okazawa
|
真夏でこんなに旨いのなら
寒い時期なら最高であろう。
驚いたことに由緒あるそば店を切り盛りするのは
キッチンスタッフ5人、お運び1人、計6人のすべてが女性。
この中に店主が紛れているのかもしれないが
よそに男性オーナーがいるとすれば、まさに髪結いの亭主、
左団扇(うちわ)の悠々自適な生活ではないか。
ひょっとしたら避暑と称して
軽井沢の別荘に滞在中だったりして――。
貧乏人のひがみ根性はこれだから困るヨ。
=つづく=
【本日の店舗紹介】
「刀屋」
長野県上田市中央2-13-23
0268-22-2948
|