第1076回
その日のデパ地下(その1)
湯島で鯛茶漬け(第1075回参照)を食べた日、
ゆえあって自宅に舞い戻ることに――。
当夜は外出できそうもなく、自宅での夕食に決定。
その買い物に上野広小路方面に向かった。
珍魚を求め、行きつけの「吉池」という手があるが
先に「松坂屋」に立ち寄るのが道順通りだ。
ここの地下に潜ることはたびたびで
ほとんどの場合、鮮魚売り場に直行する。
この日は包丁を握る時間も気持ちもないので
出来合いの惣菜を買い求めるつもりでいた。
地下1階のフロアを進むと
変わった売り子の呼び声が耳朶に響く。
「お客さま〜! お客さま〜!」――これは面白いや。
通常は「いらっしゃいませ!」とか、
「××はいかがですか〜!」であろう。
最初に聞いたとき、つり銭でも忘れた客を
呼びとめているのかと思った。
声の主は穴子鮨を売っているオバちゃん。
よそのデパートでもよく見掛ける房州の「栄屋」だった。
1度も購入していないのは
身の柔らかさがウリの穴子は好みに合わないからだ。
煮ツメも何だか甘ったるそうだし・・・。
ただ、房州はいささか広いので
いったい房総半島のどの辺に位置する店なのか、
外房なのか内房なのか、興味を惹かれて調べてみた。
結果、千葉には店舗がないみたい。
池袋「東武」に常設売り場があり、
ほかにも周期的に日本橋の「高島屋」や「三越」に現れ、
あとは物産展やら催事の折にふれて
日本全国のデパートに出没しているらしい。
何だか変だが、まさか青森や博多で売る穴子鮨を
千葉県で製造しているのではあるまい。
事情通に聞いたことに、こういう業者は少なくなく、
なかにはイベント専門のピザ屋なんてのもあるそうだ。
フロアにハム・ソーセージの「ローマイヤ」があった。
この会社直営のビアホールでは何回か飲んでいる。
昭和45年頃だったかな、
銀座5丁目にあったレトロなレストランにも行っている。
創業者のアウグスト・ローマイヤは
日本で初めてロースハムを作った人だそうだ。
第一次大戦で日本の捕虜となり、解放されたのちに
ハム製造会社を立ち上げた立志伝中の人物で
ときに1920年のことである。
日本で初めてソーセージを作ったのも
ドイツ人で習志野の収容所にいた捕虜だと
何かの書物で読んだ記憶がある。
こちらは1918年だからアウグストとは別人であろう。
往時は鳴門や久留米にも多くのドイツ人捕虜が
収容されていたはずだが、アウグストはどこにいたのだろうか。
結局、松坂屋の「ローマイヤ」で買ったのは
コールスローとマカロニサラダを各100グラムに
仔牛のシュニッツレルを1枚。
薄いカツレツのシュニッツレルは大小2種類あり、
レディスサイズと称する小さいほうにした。
何事も美味少量にしくはなしと踏んだのだったが・・・。
=つづく=
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