第1079回
のんびり ゆっくり 夏休み(その2)
奈良にいる。
目の前では鹿の群れが示し合わせたようにシカトしている。
くだらんダジャレと一笑に付さないでいただきたい。
もともとシカトは花札の鹿が
ソッポを向いていることに由来している。
花札の10月は紅葉。
4枚ある札のうちのトウケン(十文札)が鹿の図柄だ。
鹿のトウケンからシカトウ、それがシカトに縮まった。
シカトしていた鹿たちも鹿煎餅を与えたら
げんきんなもので愛想振りまき、
愛嬌よすぎでこちらがタジタジとなる始末。
振り切るように別れを告げて東大寺への道行きを急ぐ。
途中、参道の森奈良漬店でつぼ入りのきざみ奈良漬を買った。
酒粕を洗い落とさずに味わうべし、とのことながら
帰京後に試したら酒精が強くて食べられたものではない。
結局は毎度、粕を落として味わっている。
今宵は「粟 ならまち店」で大和伝統野菜中心の夕餉を計画。
店の住所をメモったものの、地図を忘れて迷った。
奈良の民家には住所表示がないために手を焼いたのだ。
ところが人間万事、塞翁が馬。
おかげで「小川又兵衛商店」にバッタリ出くわした。
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縁台を配した角打ちで一休み
photo by J.C.Okazawa
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いにしえの都・奈良で
まさか角打ちに相まみえる幸運に恵まれるとは!
「粟 ならまち店」では
大和肉鶏と野菜の鶏すきコース(3900円)をいただく。
食事は小ぶりな2粒のトマトで始まった。
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洋菓子のように色鮮やかなトマト
photo by J.C.Okazawa
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料理はこののち、豆腐と野菜のピクルス、
前菜の盛合わせへと続いた。
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大和鶏の冷製を中心に据えた盛合わせ
photo by J.C.Okazawa
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いずれも丁寧に作られており、なおざりなものがない。
ビールから日本酒に切り替える。
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大和の利き酒セット
photo by J.C.Okazawa
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左からどぶろく・三緒杉・奈良の八重桜。
このあとの冷たい炊き合わせが見事な彩り。
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吉野葛のとろみが舌に印象的
photo by J.C.Okazawa
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鶏すきの大和鶏も旨みに満ちていた。
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皮の脂でもも肉がジュージュー
photo by J.C.Okazawa
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鶏すきは牛すき焼きのごとく、溶き玉子にくぐらせる。
締めの麦縄うどんは秋田の稲庭うどんに勝るとも劣らない。
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コシの強いうどんを胡麻ダレで
photo by J.C.Okazawa
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デザートはクレームブリュレ&フルーツだ。
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つくばねを思わせる食用鬼灯(ほおずき)
photo by J.C.Okazawa
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食べ終えて京料理とは異なる小宇宙を遊泳した気分だった。
CPの高さを含めると、満足度は大幅に予想を上回る。
老若男女を問わず、推奨に値する優良店である。
暗い夜の町を歩き、奈良ホテルの「ザ・バー」へ。
1杯目はジンベースのホワイトレディを
コアントロー少なめのハードシェイクでお願い。
これは思惑にピタリとハマッて頬がゆるんだ。
しかし2杯目のモヒートは意に反して甘すぎた。
とかくこの世はままならぬ。
いつの間にやら涼風がそよいでいる。
緑濃く、闇深き窓外を眺めつつ、
更けゆく奈良の夜に身をまかせ、
グラスの底に愛しいひとの面影を独り偲ぶ。
なあ〜んてこたあ、あるワケないやね。
明日は早起き、バカやってないでそろそろ帰ろ。
=つづく=
【本日の店舗紹介】
「小川又兵衛商店 ならまち店」
奈良県奈良市鵲町8
0742-27-6611
「粟 ならまち店」
奈良県奈良市勝南院町1
0742-24-5699
「ザ・バー」
奈良県奈良市高畑町1096 奈良ホテル本館1F
0742-26-3300 |