第1098回
廃墟の猫(その1)
その日どこへ行こうか、実は前夜から迷っていた。
日帰り、あるいは1泊の小旅行を企てていたのだ。
最終候補地はともになじみの薄い甲府と水戸。
結局、水戸に決めたのは山に分け入って盆地に至るより
少しでも海に近い場所のほうが、という単純な発想からだ。
「それじゃ行ってくるぜ、ひょっとすると
泊まりになるかもしれないから、達者でいろよ」――
そう、愛猫に伝えようと思って周りを見回すと
ヤッコさん、足元でこちらを見上げていた。
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♪ また君は 見上げてる〜 ♪
photo by J.C.Okazawa
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てなわけで上野発の列車に乗り込んだ。
途中、土浦で乗り換えて水戸に到着したのは午後3時半。
偕楽園に行くでもなく、千波池にボートを浮かべるでもない。
ましてや水戸城址や那珂川に遊ぶつもりもない。
ただひたすらに今宵の自分の身の置き所を探すのみだ。
水戸駅周辺にはロクな店がない。
駅からほど近い東照宮の参道に
「台北楼」なる古い中華屋を見つけた。
地方に来るとけっこう中華を食べるのは
意外とレベルの高い店が少なくないからだ。
若い頃、欧州やアフリカで長旅の途中に
幾度となくチャイニーズのお世話になった。
「台北楼」を今夜の候補の1つに数えたものの、
すでに閉業してしまった様子、これはあきらめた。
黄門さん通り(国道50号)の銀杏坂を上りながら
目ぼしい店を探索してゆく。
日本そばの「吾妻庵」は瀟洒な大型店で夜に飲む店ではない。
むしろそばなら「そば眞」がよさそうだ。
ユニークな外見の焼きとん「長兵衛」も捨てがたい。
昭和28年創業、自家製麺のラーメン店「千代美」もいい。
そうこうして市内きっての飲み屋街、大工町に到達した。
「大衆酒処 松川」の立て看板に
水戸の梅・もつ煮・鳥スープの文字、惹かれるものがある。
その隣りのそば居酒屋「三笠屋」は
店先の大きな信楽焼の狸と
常陸秋そばの幟が通り掛かる客の袖を引かんばかりだ。
繁華街の外れで廃墟と化したアパートメントに出くわす。
昭和30年代の東京をどことなく偲ばせる。
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暮れなずむ西空に向かってパチリ
photo by J.C.Okazawa
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近づくと駐車中のライトバンの屋根に猫が3匹。
母親と2匹の娘といった感じだ。
人の気配に仔猫たちは駆け下りてバンの下に隠れたが
さすがに母猫は根性を見せて警戒しながらもたじろがない。
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洋猫の血が混じっている容貌
photo by J.C.Okazawa
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仔猫の姉のほうは生まれて1年ほどだろう。
わりと人懐っこく、いったんは隠れたものの、
一定の距離を保って近寄って来る。
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カメラを向けたら逃げ出した
photo by J.C.Okazawa
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下の仔は生後数ヶ月にしかならないのではないか。
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車の下に隠れたまま
photo by J.C.Okazawa
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どうやら3匹とも腹を空かせているようだ。
廃墟に棲みついているのだからエサをやっても
近所の住人の迷惑にはなるまい。
とはいえ、エサとなるものはないし、
近くにコンビニも見当たらない。
はて、どうしたものだろう。
J.C.オカザワ、思案投げ首であった。
=つづく=
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