「一歩一歩、おいしさを探して」
J.C.オカザワの脚で綴ったダイアリー

第1127回
マイ・ホームタウン・アゲイン(その2)

長野は善光寺にほど近い「司食堂」に来ている。
創業50年にならんとする老舗である。
好物でもない鯉こくで晩酌する気になったのは幼い頃、
鯉こくで酒を飲む父親の姿をたびたび見ていたからだ。
せっかくの生まれふるさと、よい機会なので
鯉に亡父のよすがを偲ぶつもりになったのである。

加えて偶然にも市内を徘徊中、「加藤鯉店」に遭遇し、
懐かしさを覚えたこともあった。
往時、実家はこの鯉店から鯉を取り寄せていた。
職人が活き鯉を木桶に泳がせたまま勝手口から上がりこみ、
包丁さばきも鮮やかにおろしていったものである。
その姿が今でも目に灼きついているのだ。

18時にガラス戸を引くと、女将が新聞を読んでいた。
独りきりの切盛りの様子、先客は誰もいない。
ビールにはキンピラの突き出しである。
品書きにチョー珍しい岩茸煮物(500円)を発見し、
思いもかけぬ僥倖に欣喜雀躍。
見た目は茸類のキクラゲに似ている岩茸だが
茸ではなく地衣類(菌類と藻類の共生生物)の1種。
霧と陽光を元に光合成し、それを生きる糧(かて)とする。
高山の断崖絶壁に生息するため、
仙人の食べものとも言われ、採集する者は命懸けである。

登場したのは煮物というより油煮、
あるいは炒め煮といったふうの小鉢。
独特の滋味・香気を含み、北イタリアのポルチーニにも似る。
貴重な珍味にして美味であった。
ビールの友としてだけではもったいないと、
あわてて信濃の地酒をお燗してもらったくらいだ。
銘柄は須坂の遠藤酒造の手になる養老正宗。
“正宗”を名乗る酒に外れはほとんどなく、
J.C.は消費者信頼感指数の高さを認めている。

さて、自慢の鯉こく(700円)である。
サカナをまったり、こっくり煮込んだものを
濃漿(こくしょう)と呼び、鯉こくは鯉濃漿の略。
したがって漢字では鯉濃となる。
肝心の味だが店が自慢するほどのものではなく、
まずまずといったところで、東京の川魚の名店には及ばない。
深川のどぜう屋や千住のうなぎ屋のほうが上だ。

当夜はたまたま子持ち白魚の唐揚げ(450円)があった。
これまた比較的珍しい逸品、すかさずお願いすると、
小魚は小魚なりに腹を腹子でふくらませ、
健気(けなげ)にも過ごしてきた半生を目の前に晒している。
何だか申し訳なくなり、気おくれしてしまった。
しかし、結局は食べちゃうんだから人はつくづく罪深い。

もう1つの自慢品、支那そば(600円)はムリだと思われた。
それでも看過すると悔いが残ってしまう。
ひょっとしたら半世紀ぶりの懐かしい味、
再びかもしれないのだ。
苦肉の策で麺を半分にしてもらう。
ところがこちらもそれなりで懐旧の試みは失敗の巻。

壁に貼られた1枚の色紙に目がとまった。
 雰囲気で 楽しく喰わせ 酔わす店
     青バット 大下弘    S49.8.4

川上の赤バットと並び称せられた大下の青バット。
純な性格の大下は球史に残るナイスガイだった。
終生、遊郭と花札を愛した彼に「素人厳禁」を条件として
奥方は生理休暇名目の特別手当を与えていたという。
ある日、手当の増額をねだる夫にこう言い放ったそうだ。
「バカ言いなさい、必要なときには私が出前出張しますっ!」
スゴいですねェ、立派ですなァ。
これには大下自身のバットが縮み上がったことでしょう。

             =つづく=


【本日の店舗紹介】
「司食堂」
 長野県長野市大字長野東之門町381
 026-234-0780


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2010年10月29日(金)

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