第1141回
大きなクスの樹の下で(その2)
本郷の大きなクスの樹の下で
ナイフ&フォークをあやつる男女が十数名、
シャルドネ種のプイィ・フュイッセとともに
サーモンのタルタルを味わっている。
このワインはそのコケティッシュな名称の響きで
フランスはもとより、アメリカでも人気が高い。
ワイン評論家のレナード・バーンスタイン
(あの著名な音楽家とは別人)は
“素早く盗むキスを思わせる、魅力的な横笛の調べ”とまで
フュイッセのネーミングをほめ讃えている。
アメリカ人はときとして、いや、多くの場合、
ワインリストを手にして、しかめっ面を作り、
いかにもワイン通を装いながら
実際は名前の響きだけで選んでいる。
この傾向はことさらニューヨーカーに顕著だ。
ほかに好まれる名称は
シャトー・ヌフ・デュ・パプにアマローネ。
逆に嫌われるのがミュスカデやゲヴュルツトラミネール。
日本人の耳に快いワインの名前は何だろう。
J.C.的には、クロ・ド・タール、シャトー・カルボーニュ、
バルバレスコ、ブルネッロ・ディ・モンタルチーノあたり。
そう、そう、シャサーニュ・モンラッシェが実にセクシーだ。
ということで当夜の赤ワインはシャサーニュ・モンラッシェ。
(何だ、それって?)
エニウェイ、フュイッセを飲み干した者から順に
シャサーニュが注がれた。
3皿目はラングスティーヌ(手長海老)のガレット仕立て。
だのに、赤ワイン好きはいささかも気にしない。
007シリーズの名作「ロシアより愛をこめて」の列車食堂にて
ロバート・ショウ扮するスペクターの刺客はサカナに赤を選んだ。
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トマトのプレッセの下に手長海老と隠元が
photo by J.C.Okazawa
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日本近海の車海老も大いにけっこうだが
地中海の手長海老もすばらしい。
駿河湾の特産品、近縁種の赤座海老も
手長海老に負けず劣らずの美味を誇る。
サイズの揃った良質のラングスティーヌに
こぞって舌鼓を打ち、いよいよ本日の主役の登場。
「ラムロワーズ」のスペシャリテ、子鳩のロティである。
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黒トリュフを身にまとった子鳩
photo by J.C.Okazawa
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チキンやターキーと違って鉄分の豊富な赤身の鳩には
黒トリュフがことのほかよくなじむ。
緻密なテクスチャーを持つ胸肉は
火の通しに寸分の狂いもなかった。
この頃には赤ワインがジヴリー・シャンベルタンに移行して
添えられた鳩の内臓と見事にシンクロナイズ。
ふぅ〜、いや、はや、たまりませんな。
非日常的食材の鳩や雉や猪は、たまに食する機会を得ると
本来の魅力が2倍にも3倍にも膨らむ気がする。
最後に造り手のシェフには申し訳ないけれど、
J.C.があまり食指を動かさないデセール。
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洋梨のミルフィーユとヴァニーユのグラッス
photo by J.C.Okazawa
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そういえば3年前の「ラムロワーズ」でも
やはりデセールに頓着しないM由子と2人で抜け出し、
近所のパブでビールを飲みながら
みんなの晩餐が終了するのを待ったっけ。
彼女は神保町「やまじょう」の女将の娘御。
今パリで仏語の習得にいそしんでいる。
何でも焼き海苔を販売する店でバイトをしており、
海苔の端ギレをたくさんもらえるのだそうだ。
もっぱらそれを使って自家製の佃煮を作るらしい。
花の都で江戸むらさき作りとは
相も変わらず、のんきなヤツだ。
【本日の店舗紹介】
「ペジーブル」
東京都文京区本郷1-28-32
03-3818-5071
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