第1178回
師走の浅草(その2)
明けて師走も残り日少ない29日。
この夜は浅草ではなく、
訪れたのは人形町(より正確には蛎殻町)の「銭形」。
多少なりとも「銭形平次」に縁のある店だが
ここについては近々、紹介する機会もあろう。
翌30日はやっぱり浅草。
大学の後輩のM山クンと待合わせた。
こちらは中退でも先輩は先輩だ。
差し向かいとなったのは、すし屋横丁「三岩」の小上がり。
ここは正月にも訪れている。
何のことはない、2010年はここに始まり、
ここで終わったようなものだ。
ちょっと見は変哲のない居酒屋だが、さすがに昭和2年の創業、
これぞ昭和の浅草といった空気がたちこめている。
子どもの頃、父親に連れていかれた酒場と同じ匂いがする。
時代遅れのメニューもことさら懐かしさを募らせる。
刺身と小鉢のほかは、天ぷら・鮨・鍋が中心で
どれをとっても飾り気のない大衆的なものばかり。
天丼・鉄火丼は900円、海老天が600円で穴子天は500円、
にぎり・ちらしが1000円ポッキリと、泣かせる値段だ。
いつも必ず注文するニシン酢から。
前々日は観音裏「基寿司」でニシンのにぎりを食べた。
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下町らしく、酢・塩・砂糖がそれぞれに主張する
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by J.C.Okazawa
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当世の居酒屋で酢〆のサカナとなると、
〆さばだけが大きな顔をしている。
ニシン酢などと死語ならぬ、死物と化した料理を
今も出し続ける「三岩」のエラさは
脂っこいものを異様に好む若者たちにゃ、
とうてい理解が及ぶまい。
あとふたつ寝るとお正月。
なのに、数の子を頼んでしまった。
パリッとした歯ざわりを求めて、べったら漬けもお願い。
ねぎおかか醤油が真ん中に居座る湯豆腐を突ついて2軒目へ。
ピッツァとパスタを好む相棒のために
あらかじめ選んでおいたのは「ワインバー・フクヒロ」。
同名のトラットリアと背中合わせにつながっており、
本格的なイタリアンを小皿で楽しめ、使い勝手がよろしい。
所望したワインは南アの赤のピノタージュ。
相棒はピエモンテの白のガヴィ・ディ・ガヴィである。
アンティはモルタデッラとサルシッチャのソテーだ。
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ラードが散ったモルタデッラ
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by J.C.Okazawa
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ズドンと1本、サルシッチャ
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by J.C.Okazawa
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まあ、それなりのワインの友とはなった。
酒の弱いM山クンを尻目にカラブリアのチロ・ロッソ、
ラングドックのシャトー・ポール・マスとグラスを重ねる。
相棒は食べるほうに徹し、丸ごと玉ねぎのチーズ焼き、
ゴルゴンゾーラのペンネをパクついている。
仕上げにゃピッツァ・マルゲリータときたもんだ。
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ピッツァの王道はこのマルゲリータ
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by J.C.Okazawa
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トマトの赤、バジルの緑、モッツァレッラの白が
イタリア国旗のトリコローレ(三色旗)を表している。
かくしてこの夜は2軒だけでお開きとした。
翌日の大晦日もまたもや浅草。
こうなると亡くなる直前の永井荷風さながらである。
年末年始一両日の食料調達を無事に終え、
至福の生ビールで今年の浅草を締めくくる腹積もりだ。
吾妻橋を渡り、「23BANCHI CAFÉ」に赴いたものの、
この日は休業でガックリと肩を落とす。
気を取り直し、立ち飲み「安兵衛」に方向を転じた。
この店には気風(きっぷ)のいいオネエさんがおり、
器量もよろしく、呑ん兵衛オヤジのマドンナ的存在だ。
手渡された中ジョッキを手に
今年を振り返るヒマもあらばこそ、思う間もなく飲み干した。
「来年もよろしくお願いしま~す、どうぞよいお年を~!」――
明るい声を背中で聞いて、踏み出すエンコの街は夕まぐれ。
♪ エンコ生まれの 浅草育ち
極道風情と いわれていても ♪
健サンの「唐獅子牡丹」を口ずさんだら
どこかでカラスが一羽、カアと鳴く。
これから上野のお山に帰ってゆくのだろう。
気風のいいオネエさん、気分のいいJ.C.、
こうして1年は暮れていったのでありました。
【本日の店舗紹介】その1
「三岩」
東京都台東区浅草1-8-4
03-3844-8632
【本日の店舗紹介】その2
「ワインバー・フクヒロ」
東京都台東区浅草2-18-10
03-3844-2203
【本日の店舗紹介】その3
「安兵衛」
東京都台東区浅草2-11-7
03-3841-2525
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