「一歩一歩、おいしさを探して」
J.C.オカザワの脚で綴ったダイアリー

第1205回
婦唱夫随のとんかつ屋

台東区と文京区にまたがる谷根千エリアには
かつて多くの文人が居を構えていた。
森鷗外の観潮楼を筆頭に、夏目漱石、幸田露伴、
高村光太郎、北原白秋、佐藤春夫、川端康成、
林芙美子、サトウハチローと、枚挙にいとまがない。

ある日の散歩。
お婆ちゃんの原宿こと巣鴨とげぬき地蔵通りから
千石、白山を経て団子坂に至った。
江戸川乱歩の推理小説に
初めて探偵・明智小五郎が登場したのは「D坂の殺人事件」。
このD坂が団子坂なのだ。
坂の北側には乱歩が弟2人とともに開いた古本屋、
三人書房があった。
坂をはさんだ南側には鷗外の観潮楼がある。
観潮楼の門前を横切り、なおも南下すると藪下通り。
永井荷風ゆかりの小路と言われているが
恩師・鷗外を訪ねる際、ここを通ったことに由来する。

藪下通りを抜けて根津神社に突き当たったところが根津裏門坂。
坂を左折して下り、千駄木2丁目の三叉路に出た。
不忍通りに面してみずほ銀行がある。
ポケットを探れば、いささか手元不如意につき、
これ幸いに現金を引き出した。

このとき銀行の脇の小道に小さなとんかつ屋を発見。
人気のない裏道にひっそりと暖簾を掲げている。
店先にたたずんでしばし値踏みをする。
店内からも人の気配がまったく感じられない。
「ええい、ままよ」――暖簾をくぐった。
案の定、先客は皆無。
カウンターの中には女将さんが独りだけだ。
昼のとんかつ定食は金700円也。
こういうのが手軽でいいですねェ。
ロースカツ定食2000円なんてのをヤッツケちゃうと、
フトコロは痛むし、胃袋は疲れて、晩めしが不味くなる。

ほどなく揚がったとんかつはかなり薄い。
普通の厚さと紙カツの中間感じである。
コロモが少々ガシガシするけど、肩ロースにはそこそこの旨み。
それよりもしんなりと繊細なキャベツがよい。
そして化調が主張するものの、具沢山の豚汁が佳品。
ただし、大根の新香に振りかけた味の素だけは余計だ。

そこへ裏からアソビ人風の親父サンが現れた。
どうやら出前の帰りらしい。
すると女将が炒飯を作り始めて、なかなかに旨そうだ。
これはポークライスが正しい名称。
ひれかつを1片乗っけたポークライスを
親父がまたどこかへ運んで行った。

後日、界隈に住む友人を誘って再訪。
もちろん目当てはポークライスで友人のかつ丼とシェアした。

海老フライを添えたポークライス
photo by J.C.Okazawa


いかにも殺風景なかつ丼
photo by J.C.Okazawa

海老フライはトッピングで追加したものだ。
一匙すくってパクリとやったポークライスに言葉を失う。
なんだよ、このしょっぱさは!
塩の匙加減を誤ったとしか思えんシロモノであった。
かつ丼はかつ丼でやっぱり塩辛さ強め。
オマケにお新香の味の素を抜いてもらうのを忘れたサ。

げんなりしていて、ふと強い視線を隣りから感じた。
オーッと、にらんでる、にらんでる。
普段は温厚な人柄の友人がこっちをにらんでる。
この店はとんかつ定食限定でとんかつをおかずに
キャベツと豚汁とごはんを味わうのが一番である。

【本日の店舗紹介】
「とん花」
 東京都文京区千駄木2-6-4
 03-3827-8762


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2011年2月15日(火)

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