第31回
ブランドケーエイ学10: 
市場のリーダー

ぼくが初めて入った会社は、外国為替の専門銀行として設立された銀行だ。
そのころは、もう外国為替が一般銀行にも解禁されていて、
他行にシェアを奪われつつあったが、やはり専門的なノウハウの
蓄積は相当にあって、つねに一目置かれる存在だった。

新入社員であったとき、勉強のために「外国為替の手引き」とかなんとか、
バインダー形式のマニュアルをもらった。
表紙にくっきり「厳秘・取り扱い注意」と四角くワクで囲んであって、
ドキドキした。なるほど、ここに他行にはない外国為替の
ノウハウがつまっているのかという雰囲気だ。
そういう厳秘のノウハウに触れられることに、プライドも感じたものだ。

その本に書いてあって、今でもはっきり覚えていることが、ひとつある。
ドル円相場などは、毎日報道され、
しかも刻々と変動するようすがテレビを見ていてもわかるが、
外為市場には、いろいろな通貨が取り引きされている。
ときどき、取引量が少ないために、毎時毎日、
相場が形成されているわけでもない通貨が持ち込まれる。
その通貨をいくらで買えばよいのか、またいくらで売ればいいのか、
参考にすべき指標が見あたらないこともある。

「そのような時も、われわれは、外国為替市場のリーダーである
との自覚をもって、積極的に価格をオファーし、
市場を自ら形成するよう、心がけなければならない」

文章の細部は覚えていないが、まあ、このような趣旨であった。
この文章には打たれた。かっこよかった。

さて、それから15年。
いまでは、ぜんぜん違う仕事を業とする会社をやっている。
自分の仕事に関しても、適正な価格がどれくらいか、
よくわからないときがある。かえってお客さんに聞いてみたいくらいだ。
相場があるときは調べた方がいいと思うが、
新しいものや事情の異なるときなどは、
単純に「相場はこうだ」と言えないときもあると思う。

そのような迷える時にも、
積極的に価格をオファーすることができているか?
あのころのマニュアルの記述を思い出して、
うーんと、うなってしまうのだ。


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