トップページ > 成功の都「成都」からの便り > バックナンバー

   毎週月曜日更新
58. 思想という遺産
最近、税金の問題をよく考えていまして、
企業の所得税にはじまり、個人の所得税、相続税と
世の中にはいろいろな税金があるのですが、
なかでも相続税もしくは遺産の意味について
昔父が言ったことを思い出し、ことさら思うところがあります。

私の父も事業家です。
いや、事業家という表現はあまりしっくりきません。
商売人といったほうがふさわしいようです。

在日韓国人の2世として育ち、
中学生のころから廃品回収をしてこずかいをかせぎ、
高校を卒業するとき就職差別を経験し、
その憤りから卒業式をボイコットして旅にでかけ、
その後、ど田舎の町でシンナーの臭いにまみれ、機械の部品を洗い続けながら、
1年間で100円しか使わなかったことが父の思い出話の定番です。

その後、母と結婚した際、母の父に勧められるまま金融事業をはじめ、
時代の流れにのり、ひと財産つくったのでした。

まだ、私が中学生のころ、
父は自分の夢をかなえ自宅には大きなプールがありました。
そして、広い居間には(当時としては大変高価だった)総革張りのソファーが横たわり
そこで私にこう言ったのでした。

「俺は自分の人生で稼いだ金は全部自分で使う。
だからお前たちは一切遺産を期待するな。
俺もゼロからはじめた。
いい生活がしたいと思ったら自分の手で稼いで、自分で生きていけ。
ただ、お前たちが受けたいと思う教育だけはいくらでも受けさせてやるし、
男だったら思い切って30まで遊んで暮らせ。」

父に感謝しているのは、まだ中学生だった私を大人扱いしてくれたことです。
そのことが子供であった私の心の中の独立心を大いに刺激しました。

ただ、
「30まで遊んだら頭がくさっちまうよ、冗談よしてくれ。」
と軽口をたたくのは忘れませんでしたが、
思いがけず30近くまで実際に海外で留学しながら遊びくらしたおかげで、
様々な人生経験と語学力を身につけたのでした。

父はまだ健在ですが、
こういった思想や考え方という遺産を受け取ったのだと思っています。

そして、今私は、邱永漢先生という
また異なる私の"おやじさん"の元で勉強しているわけですが、
この思想という遺産のありがたみをいつも感じています。

少し硬い表現になりますが、
思想という遺産には次の3つの特徴があると私は考えています。

1. 相続税がかからないし、相続額が無制限
あたりまえですが、知的資産である思想はいくらもらおうが(盗もうが)
課税対象にはなりません。
この意味で、相続額に制限がないのです。

2. 特定相続人がいない
遺産を受けとる相続人はだれでもよい。
思想という遺産には特定相続人はいません。
いってみれば誰にでも相続のチャンスがあり、
努力を惜しまなければ誰にでも手が届くアクセスフリーの遺産です。 

3. 思想は相続人を選ぶ
一方で、思想という遺産を理解するには、ある程度の知的レベル、
つまり、理解するための知性が必要ということです。
この意味で思想は相続人の知的レベルを自動的にチェックし、
相続人としてふさわしいかどうかを選択しているのです。

私は、本を読むのが大好きですが、
それは過去・現在の遺産を相続する行為だと思っているからです。
しかし、同じ本を読んでも人それぞれ感じることが違うわけで、
これらの知的遺産をしっかりと相続できるように自分に知性を身に着けることが、
もしかしたら、前々回の「自分の器を大きくする」ことに対する答えなのかもしれない
と思っています。


2008年4月28日(月) <<前へ  次へ>>