十六、宰相御曹司、舌鼓を打つ

『婦人公論』の編集長を兼任していた嶋中鵬二さんが、私に「日本料理は滅亡する」を書かせたのは、多分、私が中華料理に詳しく、中華料理の立場から日本料理を批判させたら、面白いものができあがると思ったからであろう。私は本当は日本料理が大好きで、殊に年齢を重ねるに従って、他人からご馳走になるときは、「日本料理にして下さいね」とわざわざ注文するほどになったが、料亭で食べる日本料理の値段の高いことにはかねてから不満をもっていた。そこで、「私から見ると、日本料理には二つの特長がある。まず、美しい器にホンの少しずつ料理が出てくるので、オルドーブルかと思って食べていると、つぎにも、そのまたつぎにもオルドーブルが出てくる。いったい、いつになったら、メイン・ディッシュになるのだろうかと思っているうちに、終わってしまうというのが一つ。もう一つは、庭の見える立派な座敷に通されて、上等の座布団に坐らされるのはいいが、メニューに値段が書かれていないので、最後の最後までお勘定がいくらになるのか、皆目わからない。日本座敷は落ち着くというが、私のような貧乏性では、たとえ他人に払ってもらう場合でも、おちおち坐っておられない」「日本人の平均的な収入に比して、日本料理かあまりにも高くなりすぎたので、お年寄りと外人観光客だけが日本料理を食べ、一般の日本人はカレーライスやラーメンを食べるようになったから、このままの状態がつづけば、日本料理は日本人に見捨てられてしまうだろう」と書いたのである。
私はこの一文に「日本人に見捨てられた日本料理」という題をつけて渡したが『婦人公論』の発行日に、新聞を見ると、「日本料理は滅亡する 邱永漢」と大きな活字で広告が出ていた。これには私の方が度胆を抜かれたが、しばらくして森田たまさんに会うと、「金田中のご主人が邱永漢さんがわかったようなことをいっているけれど、けしからん奴だと、文句をいっていましたよ」と笑いながらいった。控え目ないい方であったが、その口ぶりから私は日本料理屋のおやじさんたちにとっては、内心おだやかならざるものがあるだろうな、と推察した。

1  

←前章へ

   

次章へ→
目次へ 中国株 起業 投資情報コラム「ハイハイQさんQさんデス」
ホーム
最新記事へ