たまたま『プレジデント』誌に大内侯子という美人のコーディネーターが食べ物についての聞き書きを毎号連載していて、いつか、私のところヘインタビューの番がまわってきた。毎号見ていると、どこかの料亭で話をきいている様子だが、まさか私のインタビューを自分の家以外のところでやるわけにもいかない。我が家の料理の話をするのだから、我が家でやるよりほかないと考えて、ふだんの半分くらいのメニューを組んで料理をつくり、料理を食べながらインタビューに応ずることにした。その記事が『ブレジデント』に「邱飯店のメニュー」と題して掲載されると、谷川先生と脇村先生の目にとまった。というより、両先生を囲んで食いしん坊が集まって定期的にあちこち食べ歩いており、その世話役を軽井沢で一杯一万円のコーヒーを売っている茜屋のご主人の船越敬四郎さんがやっていた。これら一群の食いしん坊たちがなんとか邱飯店で一席もうけてもらえないものか、と鳩首凝集したらしいのである。お金を払って食べに行けるところなら話は簡単だが、ご馳走になるよりほかないところだと、こちらから先に招待しないわけにはいくまい。衆議一決して、大内さんが台北にいた私のところまで国際電話をかけてきて、「谷川、脇村両先生が資生堂の上のロオジェにご招待したいが、ご都合はいかがですか?」ときいてきた。
私には、すぐにピンとくるものがあった。仕事のかかわりも何もない人が突如、一九一九年のワインでご馳走したいといえば、あと何を期待しているのかくらいのことは大凡そ見当がつく。食いしん坊には食いしん坊の心境がわかるもので、わざわざ台湾まで国際電話をいただいたのだから、私は時間の都合をつけて、まずいっぺんご馳走になり、それから答礼として、ご招待申し上げることにした。
当夜のお客は谷川、脇村両先生のほかに三楽オーシャン社長鈴木慎朗氏、きもの学院の長沼静氏、プレジデント社社長本多光夫氏、丸井社長青丼忠雄夫妻、船越敬四郎夫妻、それに大内侯子さん。食いしん坊はだいたい大食いにきまっているから、私は四つの冷盆と煎素鶏のあとに、砂鍋大排翅、湖南風の富貴火腿(ハムを蜜で煮てパンでサンドウィッチにしたもの)、老豆腐(豆腐の上にアワビと椎茸をのせて六時間蒸したもの)、肇菜扒鴨(家鴨を一羽のまま白菜であえたもの)、生菜包、茶姻鯧魚、排骨花生湯(豚の骨つきと落花生のスープ)とかなりおなかにこたえるメニューを組んだが、それらの料理をつぎからつぎへとものの見事に平らげてしまったのにはさすがに驚いた。谷川先生は骨董品に目がきき、美術品のコレクターとしても著名だが、脇村先生は多趣味なことと、ファッションからアクセサリーに至るまで世界の一流品に豊富な知識をもっておられる。大食であることとあわせて、そういう好奇心の強さが年をとってもいつまでも若々しい秘密だとお見受けした。

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