誰が日本をダメにした?
フリージャーナリストの嶋中労さんの「オトナとはかくあるべし論」

第76回
今は懐かしき思い出 (その一)

五時まで男――
サラリーマン時代、同僚たちからは
多少の憐憫を込められこう呼ばれた。

保育園に娘を迎えに行かなければならないリミットが午後六時。
会社の終業時刻は五時半。
園までは優に一時間はかかるため、
少なくとも五時に会社を出ないと「お迎え」が間に合わない。
つまり、毎日が早退けってわけだ。
女房とはデスクこそ異なるが、同じ会社で月刊誌の編集。
締切り間際ともなれば、朝帰りになることもしばしばだった。

「今日お迎えダメ? 急に著者校正が入っちゃって……」
午後の五時ちょっと前。
女房がすまなそうに掌を合わせている。
こっちだって今日はグラビアの締切りだ。
予定だってビッシリ詰まっている。
「突然いわれたって困るんだよ。
 全部キャンセルしなけりゃならないんだから……」
慢性的な寝不足のせいか、つい声を荒げてしまう。
実家の母に応援を頼もうかとも思ったが、
ギックリ腰がまだ癒えていないのにまたぞろ、
と兄に小言をいわれそうだし、
いずれにしたって今からじゃ間に合いそうにない。
「わかった、俺が行くよ」。
あたふたと机の上を整理し、家に持ち帰ってできるようにと、
鞄に資料やら原稿をいっぱい詰め込む毎度お馴染みの光景。
「奥様思いの旦那さまァ! おさんどん頑張ってねェ」。
口の減らない同僚たちの冷やかしを背中に浴びつつ会社を飛び出す。

園に着くのはいつも六時を少し回った時刻。
さすがに園児もまばらで、
長女は部屋の片隅でポツンと絵を描いている。
せめてもう30分、保育を延長してもらえないかと、
同じ悩みを抱えた父母たちと園長に掛け合ったり
市議に陳情したりと数年来活動を続けてきたが、
「女房を働かせるような男は甲斐性なしだ」
などと放言する議員もいて、いっかな実を結ばなかった。
女性の時代などとおだてられても、
肝心の保育行政が旧態然としているのだからお話にならない。

娘と二人、玄関のドアを開ければ、もちろん真っ暗である。
娘はいつものように「ただいまァ! おかえりィ!」と一声。
最後の「おかえりィ!」は余計なのだが、
「おかえりなさい」と声をかけてくれる者がいない淋しさからか、
いつしか一人二役を演じるようになっていた。
不憫である。
だが感傷にふけっているヒマなどない。
急いで夕食の支度をしなければ……。


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