第51回
初めての疑惑体験
私は素直な読者でした。
本や新聞を読んでも、TVを見ても、
「ふーん、そうなんだ」と疑うことなく
そこに書かれた文章や報道を信じていたのです。
本を読むのも、自分と違った考え方に出会うことができる、
という素直な目的で読んでいました。
ある時、私は立花隆さんの本をのんびり読んでいました。
そこで、ある一文に出会ったのです。
「私は本を読むときに、まず筆者を疑ってみる」
私は桂三枝さんのように、
椅子から転げ落ちそうになりました。
「そんなことがあっていいのだろうか」
純真だった少女の私は動転し、
気を取り戻すのに少し時間がかかったと思います。
これこそ、まさに「自分と違った考え方」だったのです。
私の初めての疑惑体験でした。
確かに、新聞などの記事になった文章は
「それらしく」感じてしまいます。
それを鵜呑みにしてしまうことは、危険なことなのです。
先日も母が、
「『丸ビルはただのブーム?』って新聞に書いてあった
からもうだめになる」
と知ったようなことを言いました。
母は一度も丸ビルを見ていないのにも、かかわらず、です。
この記事を読んで、丸ビルの偵察に来て
本当にブームで終わるんだなということを肌で感じなければ、
断定はできないはずです。
けれど、いちいちそんなことを検証しながら
生活することは不可能なので、たいていは
「新聞にも書いてあったから、そうなるんだろうな」
という程度に落ち着くと思います。
母が全て悪い訳ではありませんが、
「新聞にはそう書いてあったけど、本当かな?」
と考える必要はあると思います。
「女性が若々しく、美しくなるため」の情報も
同じように氾濫しています。
一体何を頼って信じていいのか、
判断に苦しむことも多いと思います。
その時に「本当かな?」という視点があったら、
多面的な物の見方ができると思いませんか。
ちょっとした、頭の体操にもなりそうです。
そこで吟味したことが、
本当に自分の栄養になるのだとおもいます。
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