杉浦秀子さんが掘り起こしてくれる
日常に埋もれた美のヒント

第109回
時には娘のように

人は実際に経験したことしかよく分かりません。
年齢を重ねるということは、
若い人よりも経験を多く持つことになります。
70歳の女性は、5歳の幼児の経験もあり、
18歳の少女や、30歳のお母さん、
40歳のオバサン、70歳のお婆さんの全ての経験を
積んでいるということになります。
時に少女に、娘のように、
お母さんにも、オバサンにもお婆ちゃんにも
なれるということになります。
学生時代の友達と何年も会わなくても、
たまに会ったときにはその年数など忘れて、
学生時代に戻ってように話が出来る
と言うようなことを経験したことはありませんか。
学生時代の友達と会っているときは、
実際にはお母さんになっていても、
「女子大生」に戻ったりなんかしています。

また最近、私は結婚前の女性と話をしているときに
あることに気付きました。
「彼との結婚を控えているから、
新しいことを始めようとするのに躊躇する。
でも、何か始めたい。
私に能力がないとは思えないのに、今一歩踏み切れない」
と素敵な女性が悩んでいるのを聞いて、
「結婚したら、家事もあるし、子供も生まれるし、
普通の結婚生活を送ろうと考えていたら、
中断せざる得ないかもね。
だから今は、難しい時期だと思うよ」
とすんなり自分なりの意見が口から出てきたのです。
これは、一応私が適齢期を通過し、
その時期の不安定さを経験したために
相手の女性を責めることなく、
自然に答えることが出来たのだと感じたのです。
もし、私がその女性と同じ年で、経験もなければ、
「そんなもん、甘え」
と一言で片付けていたかもしれません。

年齢を重ねてゆくということは、色々な自分を持つ
ということでもあると思います。
時には、娘のように可憐になって、
またある時には母のように、強く逞しくなり、
そして、ある時にはお婆ちゃんのように
穏やかな気持ちにもなれる可能性があるとしたら、
年齢を重ねるということは、
豊かになってゆくことでもあるのではないでしょうか。
だから、私は豊かな年上の女性と話すのが、大好き。


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2003年10月30日(木)

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