やがて本気で好きになります

第47回
ビリー・ホリデイ

何回かにわたってヴォーカルの紹介をしてきましたが、
いよいよ真打ちの登場です。

ジャズヴォーカルの大御所といえば、ビリー・ホリデイ。

しかし、彼女は初心者に気軽な気分で聴いてごらんよ、
と勧めにくい歌手でもあります。
もちろん、素晴らしい歌手なのですが、人によっては、
直感的に、その良さを理解しにくい人でもあるからです。

カス・マルズ(Casu Marzu)という腐食チーズがあります。
羊の乳から作られ、中に虫が入っている、
辛くて、キツイ匂いのするチーズです。
チーズ好きにとっては垂涎ものかもしれませんが、
カマンベールや、
ゴルゴンゾーラしか食したことの無い人にとっては、
かなりキツいチーズだと思います。

ビリー・ホリデイを初心者に勧めるのは、
カス・マルズをチーズの初心者に勧めるようなものです。

「これこそ、ホンモノのチーズ(ジャズヴォーカル)だよ。
これが分からなければ、
本当のチーズ(ジャズ)好きとは言えないね」

たしかに、そのとおりかもしれません。

しかし、相手をチーズ好きにさせたい時、
いきなりマニア好みのチーズを奨めるでしょうか?
拒絶反応を起こされて、カス・マルズどころか、
チーズの世界そのものを拒絶されてしまったら、
元も子もありません。

なにも、チーズはカス・マルズだけではありません。
まずは口当たりの良いチーズから
チーズの味に慣れ親しんでゆくプロセスを踏んだほうが良いのです。

ビリー・ホリデイもそれと同じです。
もちろん、最初から直感的に
彼女の声が“スッと”はいってくる人もいることでしょう。

ビリーの世界は、
ジャズのテイストに慣れている、慣れていない以前に、
聴き手の人生経験の深さにも
左右されるようなところもありますから。

村上春樹もなにかのエッセイに書いていましたが、
彼も最初は
ビリー・ホリデイの素晴らしさを理解出来なかったそうです。
しかし、ある時、深夜に彼女のレコードを聴いていたら、
突然“染みてきた”そうです。
ある年齢、ある時期に達しないと理解出来ない世界なのだ
ということを彼は書いています。

優れた表現、芸術というものは、かくの如しなのかもしれません。
というのも、送り手の表現内容が、受け手の心にシンクロするには、
受け手側の心の感性もそれ相応に広くないと、
深いレベルでの感動はありえないからです。

しかし、だからといって、この紹介文は、
いたずらに
ビリー・ホリデイへの敷居を高くすることが目的ではありません。

興味を持たれた方は是非ともトライしていただきたいし、
直感的に理解出来なくとも、諦めずに聴き返して欲しいと思います。

私が入門盤としてお薦めしたいのは、『ビリーズ・ブルース』です。
ヨーロッパでのライブ盤ですが、リラックスした歌唱が楽しめます。

彼女の代表作といえば、
大口を開けたジャケットの『奇妙な果実』が浮かんできますが、
このアルバムや、晩年の声の衰えた時期のレコードは、
いきなりはお薦めしません。
もちろん、素晴らしさは第一級ですが、
チーズで言うと、虫入りチーズのようなものだからです。

「奇妙な果実」とは、
リンチで殺され、木から吊るされた黒人の死体を指します。
深い悲しみと情感をたたえた、
彼女にしか出来ないプロテストソングです。

“ビリーを聴くなら奇妙な果実”
というレビューを読んで、聴いてみたものの、
このヘヴィな世界を受け入れられずに
ビリー・ホリデイから遠ざかった人を私は何人も知っています。

もちろん、彼女の代表作には違いありませんが、
いきなり本丸に乗り込んで討ち死にする必要はないわけです。

まずは、軽快なリズムセクションにのって、
リラックスして歌う彼女の独特な歌声や節回しに親しむのが、
ビリー・ホリデイを嫌いにならずに親しむための
上手な方法だと思います。

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『Billie's Blues』
Billie Holiday

1.Announcement By Leonard Feather
2.Blue Moon
3.All Of Me
4.My Man
5.Them Their Eyes
6.I Cried For You
7.What A Little Moonlight Can Do
8.I Cover The Waterfront
9.Announcement By Leonard Feather
10.Billie's Blues
11.Lover Come Back To Me
12.Blue Turning Grey Over You
13.Be Fair With Me Baby
14.Rocky Mountain Blues
15.Detour Ahead
16.Trav'lin' Light


彼女が初訪欧した54年のライブ録音。
有名曲《オール・オブ・ミー》の絶妙に崩した歌いっぷりをお楽しみください。


『奇妙な果実』
ビリー・ホリデイ

1.奇妙な果実
2.イエスタデイズ
3.ファイン・アンド・メロウ
4.ブルースを歌おう
5.ハウ・アム・アイ・トゥ・ノウ
6.マイ・オールド・フレーム
7.アイル・ゲット・バイ
8.水辺にたたずみ
9.アイル・ビー・シーイング・ユー
10.アイム・ユアーズ
11.エンブレイサブル・ユー
12.時の過ぎゆくまま
13.ヒーズ・ファニー・ザット・ウェイ
14.恋人よ我に帰れ
15.アイ・ラヴ・マイ・マン
16.明るい表通り


いつかは聴いて欲しい大傑作。
しかし、いきなりこのアルバムから入門する必要はありません。

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2005年12月7日(水)

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