やがて本気で好きになります

第48回
ビリー・ホリデイでジャズを学んだ私

私にとって、ビリー・ホリデイは思い出深い歌手の一人です。
そもそも私がジャズの世界にドップリと浸かる
キッカケとなった歌手なのですから。

私がジャズを聴くキッカケは、
好きな女の子に対しての見栄からでした。

「ビリーの甘い声が好きなの」
そんな彼女と知り合ったのは浪人生のとき。お互い予備校生でした。

高校のときから大学のサークルに所属していた彼女は、
当時の私からしてみれば大人びて見え、
私は、そんな彼女と釣り合いがとれるよう必死でした。

ビリー・ホリデイをキッカケに、真剣にジャズを聴き始めたのも、
“他の同世代とは違うジャズを聴いている男”
として見てもらいたかったから。
動機は不純、かつ単純でした。

早く大人になりたい。早く大人びた彼女に近づきたい。
そういう思いがつのり、
唯一、彼女との接点になるビリー・ホリデイを
繰り返し聴くしかなかったのです。

私がレコード屋で買い求め、繰り返し聴いたのは、
『レディズ・デッカ・デイズ vol.1』。
彼女がデッカというレーベルに所属していた時代の歌を集めた
ベスト盤です。

第一印象は強烈でした。
それまで聴いた、どの歌手とも違う強烈なインパクト、
いや強烈な匂いを放っていました。

それこそ、前回引き合いに出した、
強烈なチーズを一気に頬張ってしまった感じです。

ポップスに慣れた耳には、
ビリーの歌は旨いんだかヘタなんだか判断しようもなく、
とにかく、ベターッと耳の奥にマッタリとヘバリつく声に
戸惑いを隠すことが出来ませんでした。

しかし、「ビリーの甘い声が好きなの」と言った彼女に、
「うん、オレもそう思う」と応えてしまった手前、
引き返すわけにはいきません。

最初は奇妙な甘ったるさを感じた歌声も、
繰り返し聴いているうちに、
少しずつ雰囲気が分かってきて(慣れてきて)、
好きな歌手とまではいかないけれども、
時折強烈に聴きたくなるタイプの
中毒性の高い歌手として私の中に位置づけられたのです。

私の場合は、このようにして、
徐々にビリーの世界にはまり込んでいきました。

最初に好きになった曲は、
《ベイビー・アイ・ドント・クライ・オーヴァー・ユー》。
ビリー・カイル・トリオのリラックスした伴奏に乗り、
しみじみと歌うビリーの歌唱は、いい感じで力が抜けていて、
次第に、この曲の陽気さの中に潜む、
気だるさ、悲しさ、やりきれなさを
“音で”感じ取ることが出来るようになってきました。

この曲に親しみを感じるようになったことを契機に、
少しずつ他の曲にも親しみが湧くようになってきました。

サッチモとのデュエットがユーモラスな
《マイ・スイート・オートラッシュ》や、
後に名曲かつ代表曲だと知る《ドント・エクスプレイン》。
ラストを飾るに相応しい感動的な
《ゴッド・ブレス・ザ・チャイルド》…。

今考えると、こんなに素敵な曲と歌の宝庫なのに、
どうして感動できるようになるまでに、
かなりの時間を要したのだろうと思いますが、
それはそれで仕方の無いこと。

自転車に乗れるようになった人は、
補助輪が無いと乗れなかった頃の気持ちは、
なかなか分からくなるものです。

当時の私は、
ビリーの歌を受け入れる「私の存在全部」が
あまりにも小さかっただけのことなのです。

いったん補助輪無しで自転車に乗れるようになれれば、
何年ブランクを空けても、補助輪無しで自転車に乗れます。

だから、いったんビリーの歌に感動できる回路が心の中に出来れば、
聴いた数だけ、しみじみと感動することが出来るようになるのです。

ビリー・ホリデイってどこがいいの? と思われる方は、
是非、彼女の歌声が心に染み渡るまで、
根気強く聴き続けてみてください。

――――――――――――――――――――――――――――

『The Lady's Decca Days』
Billie Holiday

1.Now or Never
2.Baby, I Don't Cry Over You
3.My Man
4.Don't Explain
5.Gimme a Pigfoot (And a Bottle of Beer)
6.Keeps on A-Rainin'
7.My Sweet Hunk O' Trash
8.They Can't Take That Away from Me
9.You Better Go Now
10.No Good Man
11.Baby Get Lost
12.God Bless the Child


初期のビリーに入門するには最適なアルバム。
サッチモとの楽しいデュエットも収録されています。
私は、《ベイビー・アイ・ドント・クライ・オーヴァー・ユー》をキッカケに
少しずつビリーに慣れ親しんでいきました。
今でも聴くたびに、当時の光景が蘇り、少しだけほろ苦い気分になってしまいます。

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2005年12月9日(金)

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