やがて本気で好きになります

第84回
オスカー・ピーターソンのピアノの音色に
遅ればせながら魅せられる。

オスカー・ピーターソン(p)の代表作に
『プリーズ・リクエスト』というアルバムがあります。

タイトル通り、バーやラウンジのピアノトリオが、
客からのリクエストに応えるかのように、
小粋な演奏を集めたアルバムです。
選曲も《酒とバラの日々》や、
《イパネマの娘》などの有名曲が中心なので、
ジャズの入門者にも最適なアルバムなのです。

じつは私、長い間、このアルバムが好きではありませんでした。

あまりにもソツが無さ過ぎるというか、
軽々と「一丁上がり!」的なノリで演奏されているんですね。
どんな曲も次から次へと楽々とこなし、
そのすべてが平均点以上の出来映えなので、
逆にどの演奏も金太郎飴のように感じていたのです。

カナダ出身のオスカー・ピーターソンは、
もともと凄いテクニックの持ち主。
しかし、同時にエンターテイナーでもあり、
誰もが楽しめるブライトなタッチとノリでピアノを弾く名手です。

彼の技量をもってすれば、
これらレパートリーをこなすのは朝飯前なのでしょうが、
「俺はこの曲をこう弾きたい!」という思い入れが感じられず、
どんな曲もあっさりと、しかも高いクオリティで
サラリとやってのけてしまっているところが、
優等生過ぎて鼻についたのです。

しかし、ここのところ、私はこのアルバムを見直しています。
キッカケは、近所のバーです。
私の近所に楽器の演奏もさせてくれるロックバーがあるのですが、
常連の特権で、好きなCDをかけさせてくれるのです。

ある日、たまたま、カバンの中にあった本盤をかけたら、
店の雰囲気が華やぎ、とても良いムードになりました。

今までかけた私の好みのピアノトリオは、緊張感漂う、
肩が凝ってしまうような雰囲気になることが多かったのですが、
ピーターソンの場合はこれまでとはまったく違った、
開放感に満ちた空気に変ったのです。

ロック一筋40年という女性常連客も、
「ウッドベースの音色が素敵」と、カウンターで聴き惚れています。
たしかに、この店の充実したオーディオ設備で聴く
レイ・ブラウンのベースの音色は驚くほど艶やかです。

くわえて、ピーターソンのタッチの華麗で美しいことといったら。
ピアノという
2万個近くの部品で構成されている化け物のような楽器を
完璧にコントロールし、鳴らせるピアニストは、
それほど多くはいません。
しかし、少なくともピーターソンは、
テクニック以前に、ピアノを鳴らしきる技量の持ち主だということに
今さらながら実感しました。

ふくよかで艶やかな高音域から、
ダイナミックなのに濁りのない低音粋の打鍵。

速弾きのほうばかりに耳を奪われていた私ですが、
これほど鮮やかにピアノを鳴らせるピアニストだということは
正直、この店で聴くまでは気付きませんでした。

いつも聴く環境以外のところで音楽を聴くと
思わぬ発見をすることがありますが、
今回の『プリーズ・リクエスト』も例に漏れず、でした。

ピーターソンの華麗過ぎる指さばきが
今ひとつ好きにはなれなかった私が、
音色一発で魅せられてしまった。
やはりミュージシャンにとって“音色”は
とても大事な要素なのです。

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『プリーズ・リクエスト』
オスカー・ピーターソン・トリオ

1.コルコヴァード
2.酒とバラの日々
3.マイ・ワン・アンド・オンリー・ラヴ
4.ピープル
5.ジョーンズ嬢に会ったかい?
6.ユー・ルック・グッド・トゥ・ミー
7.イパネマの娘
8.D.&E.
9.タイム・アンド・アゲイン
10.グッドバイJ.D.


『プリーズ・リクエスト』は邦題で、原盤のタイトルは『We Get Requests』。
意味は同じですが、日本の場合は、“プリーズ”のほうがニュアンスが出ていますね。

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2006年3月3日(金)

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