やがて本気で好きになります

第85回
怖いピアノ。
強靭なタッチと、歪んだ音色のバド・パウエル

ピアノという楽器は、鍵盤を押せば音が出るゆえ、
誰が弾いても同じ音が出ると思われがちです。

演奏者の技量よりも
むしろピアノの性能の良し悪しで、音色が左右される。
たしかに、普通の人が弾けばそうでしょう。

しかし、音色だけで強い個性を主張してしまうピアニストもいます。
その筆頭にあげられるのが、先日紹介したオスカー・ピーターソン。
彼はピアノという楽器の性能をフルに引き出す
素晴らしい技量の持ち主といえます。

ある意味、製作者が企図した、
ピアノ本来の音色を引き出す達人といえるでしょう。

しかし、まったく逆の弾き方で個性を出してしまうピアニストも
ジャズの世界には数多くいます。

その中でも、
デューク・エリントン、バド・パウエル、セロニアス・モンクという
3人のジャズ・ジャイアンツのピアノの音色は、
誰にも真似できない強烈な個性があります。

音を数音聴いただけで、
誰がピアノを弾いているのか分かってしまう。
これは、凄いことです。

今回はバド・パウエルについて書いてみましょう。

彼のピアノの音色は、一言で言うと“怖い”。
艶やかな音色とは対極の、どこか歪んだような音色なのです。

バシン!とまるでピアノが悲鳴を上げているような演奏も多く、
棒を切ったように武骨な音色は、
ある意味ハードボイルドなタッチともいえます。

これに加えて、彼はリズム感も独特で、
聴き手の身体の内側を捻るかのような
圧倒的なドライブ感があります。
リズムが正確なのではなく、
彼は“ 自分時間”でピアノを弾いているのです。

ベースやドラムを聴いていないのではないかと思うほど、
強引に自分のペースでピアノを弾いてしまう彼。
しかし、そのタッチの強さと、圧倒的な表現力ゆえ、
いつしか共演者は彼のペースに巻き込まれてしまうのです。

バド・パウエルのピアノは、
リラックスして聴く類のものではありません。
間違っても、会話を楽しむ喫茶店やバーのBGMにはなりえません。

聴き手の心の奥に強烈な揺さぶりをかけてくるのです。
あまりの“音の強さ”ゆえ、
彼のピアノを好む人、嫌う人と両極端に分かれることと思います。

ピアノという楽器から、自分だけの世界を作り出した天才、
バド・パウエル。
天才の表現は、凡人のことなどお構いなしです。
まちがっても、一般のリスナーにわかってもらおうと
表現にオブラートをかけることはありません。
だから我々凡人は、
まずは天才の表現を理解しようと、こちらのほうから
遺された作品に踏みよっていかなければならないのです。

しかし、それは苦行ではありません。
むしろ、彼の表現の本質が見えてくればくるほど、
パウエルのピアノの虜になることでしょう。
そして、彼のピアノに魅了されればされるほど、
逆に謎も増えてゆきます。
天才の表現に謎を感じ、思いを巡らすことも、
ポピュラー音楽では味わえない、
ジャズを聴く愉しみの一つなのです。

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『ザ・シーン・チェンジズ』
バド・パウエル

1. クレオパトラの夢
2. デュイッド・ディード
3. ダウン・ウィズ・イット
4. ダンスランド
5. ボーダリック
6. クロッシン・ザ・チャンネル
7. カミン・アップ
8. ゲッティン・ゼア
9. ザ・シーン・チェンジズ


有名曲《クレオパトラの夢》が収録されている彼の代表盤。
しかし、印象深いメロディとは裏腹に、
かなり強引な“ 自分時間”でピアノが弾かれていることに気付くはず。
しかも、あの“ 怖い”音色で。


『ザ・ジニアス・オブ・バド・パウエル』
バド・パウエル

1. ティー・フォー・トゥー(別テイク)
2. ティー・フォー・トゥー
3. ティー・フォー・トゥー(別テイク)
4. ハレルヤ
5. パリの目抜き通り
6. オブリヴィオン
7. ダスク・イン・サンディ
8. ハルシネーションズ
9. ザ・フルーツ
10. ア・ナイチンゲール・サング・イン・
   バークレイ・スクェア
11. ジャスト・ワン・オブ・ゾーズ・シングズ
12. ザ・ラストタイム・アイ・ソウ・パリ


彼の絶頂期を捉えた一枚。弾きだしたら、もう誰も止めることが不可能な暴走特急っぷり。
しかし、彼の紡ぎだす音世界は、どこか高貴な雰囲気が漂っています。

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2006年3月6日(月)

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