やがて本気で好きになります

第91回
1500回以上も演奏された
《マイ・フェイヴァリット・シングズ》

音楽家には誰しも愛奏曲(愛唱曲)があります。
その人のトレードマークとして、ステージでは必ず演奏する曲です。

ジョン・コルトレーンの愛想曲は
《マイ・フェイヴァリット・シングズ》でした。
もとはといえばミュージカル
『サウンド・オブ・ミュージック』のために書かれた曲です。

テナーサックスのみならず、ソプラノサックスも手にし、
新しい表現領域を開拓しようとすると同時に、
インド音楽にも傾倒していたコルトレーン。

そんな折、コルトレーンの前にあらわれた曲が
《マイ・フェイヴァリット・シングズ》。
きっと彼の中には閃くものがあったのでしょう。

ソプラノサックスで、
演奏にインド的な要素を取り入れるには
最適な素材と判断したに違いありません。

コルトレーンは、マイルス・デイヴィスの傑作
『カインド・オブ・ブルー』の録音に参加しました。
このアルバムでマイルスはモード奏法にトライしています。
モード奏法とは、いままでの複雑なコード進行を一切廃して、
極力シンプルなコードだけで自由に演奏するアプローチですが、
この奏法を演奏に取り入れると、サウンドの響きに浮遊感が増し、
明るくも暗くもない、複雑な陰影に富むニュアンスが出せるのです。

この演奏方法を独自に探究していたコルトレーンですが、
この曲は、彼にとっては、
まさにモード奏法を取り入れる格好の素材でもあったのです。

原曲と聴き比べれば分かると思いますが、
原曲は明るい部分と暗い部分がハッキリと分かる
メリハリのある曲調です。
いっぽう、コルトレーンの演奏は、
明るくもあり、暗くもある、
なんとも形容しがたい不思議なハーモニーの上に、
まるでインドの蛇使いの笛のように
魔術的な音色のソプラノサックスがらせん状の旋律を描きます。

このようなアプローチで演奏できる
《マイ・フェイヴァリット・シングズ》を
彼はいたく気に入ったようで、
ステージでは必ず吹くようになりました。
コルトレーンのカルテットでドラムを叩いていた
エルヴィン・ジョーンズは、
この曲は千回、いや千五百回ぐらいは演奏したかな?
と当時を回想しているほどですから、半端じゃない演奏量です。

回数を重ねるにしたがって、演奏時間は長尺化してゆき、
内容もアグレッシヴになってゆきました。

コルトレーンは、日々演奏することによって、
少しずつ新しい試みをしつつ、演奏を深化させていったのでしょう。

晩年のコルトレーンの
《マイ・フェイヴァリット・シングズ》を聴くと、
原曲が分からないほどグジャグジャに解体された演奏と化し、
来日公演では1時間近くこの曲を吹いています。

そして、彼は翌年、亡くなります。
一つの曲を演奏しつくして、
もうこの先どうなるのか誰も分からない次元までに達した段階で、
死が訪れたかのようです。

最初のレコーディングから、しゃぶり尽くされ果てた晩年の
《マイ・フェイヴァリット・シングズ》を順に聴いてゆくと、
物事が辿る変遷、変化、
大袈裟に言うと「無常」のようなものすら感じてしまいます。
変化しないものはない。
どんなものも、時間とともに必ず変わってゆくものなのだ、
と感じてしまうのです。

――――――――――――――――――――――――――――

『マイ・フェイヴァリット・シングス』
ジョン・コルトレーン

1.マイ・フェイヴァリット・シングス
2.エヴリタイム・ウイ・セイ・グッドバイ
3.サマータイム
4.バット・ノット・フォー・ミー


記念すべき初演。まだまだ慎重な吹奏です。
ピアノのマッコイ・タイナーが曲の雰囲気の鍵を握っています。


『セルフレスネス・フィーチャリング・
マイ・フェイヴァリット・シングス』
ジョン・コルトレーン

1.マイ・フェイヴァリット・シングス
2.アイ・ウォント・トゥ・トーク・アバウト・ユー
3.セルフレスネス


慣れてくると、こんなエキサイティングでスケールの大きな演奏に。


『ライヴ・アット・ ザ・
ヴィレッジ・ヴァンガード・アゲイン』
ジョン・コルトレーン

1.ナイーマ
2.イントロダクション・トゥ・
 マイ・フェイヴァリット・シングス
 (ジミー・ギャリソン・ベース・ソロ)
3.マイ・フェイヴァリット・シングス


もはや別の曲?というほど、変貌を遂げた《マイ・フェイヴァリット・シングズ》


『ライブ・イン・ジャパン』
ジョン・コルトレーン

ディスク: 1
1.アフロ・ブルー
2.ピース・オン・アース
ディスク: 2
1.クレッセント
ディスク: 3
1.ピース・オン・アース
2.レオ
ディスク: 4
1.マイ・フェイヴァリット・シングス


来日時は、なんと1時間近くの《マイ・フェイヴァリット・シングズ》を演奏。   

←前回記事へ

2006年3月20日(月)

次回記事へ→
過去記事へ 中国株 起業 投資情報コラム「ハイハイQさんQさんデス」
ホーム
最新記事へ