やがて本気で好きになります

第94回
「桃太郎」でモードジャズを語ってみる

ジャズも50年代後半になると、
新しい領域に突入してゆきます。
マイルス・デイヴィスが
『マイルストーンズ』や『カインド・オブ・ブルー』
で試みたモード奏法を、
多くの若手が導入するようになるのです。

従来は、複雑かつ目まぐるしく移り変わるコード進行に則って、
ジャズマンはアドリブを繰り広げていました。

移り変わる、
コード進行に合ったメロディを即興で演奏することは、
技術的には確かに大変ですが、
「桃太郎」で言えば、
「ここでキビダンゴが出てくる」
「ここでキジが登場する」
と、ストーリーのガイドラインが次から次へと登場するため、
ある程度の技量があれば、
それほど難しいものではありませんでした。

しかし、モード奏法は違います。
曲中のコードの数が著しく減り、制約が少なくなりました。

たとえば、『カインド・オブ・ブルー』の代表曲
《ソー・ホワット》に至っては、
二種類のコードしかありません。

そのぶん、自由に演奏することが可能となったかわりに、
演奏者の力量次第では、
非常に単調な内容になってしまう危険性も孕んでいます。
「桃太郎」で言えば、
「“桃から子供が生まれる”と“その子供が鬼が島に行く”
この二つだけを押さえれば、あとは自由に話しを作って構わない」
と言われているようなものだからです。

最低限の決まりごとを守り、
残りのスペースは
自由にストーリーを組み立てられるようになったぶん、
語り手の想像力とセンスがより一層求められる結果となったのです。

「川に大きな桃が流れて」こなくてもいいし、
「サル・犬・キジ」を
必ずしも登場させる必要がなくなったわけです。

少ない要点さえ抑えておけば、
何を話そうが(演奏しようが)、それは語り手の自由。
ストーリー(コード進行)の束縛が少なくなったぶん、
自由度が増したのです。
ところが、自由が増えたといっても、
面白い話を作り出せるかどうかは別問題で、
むしろ制約が取り払われた分、
聴き手を感動させる語り(演奏)は
難しくなる可能性が高まるかもしれません。

多くのジャズ書を紐解くと、
「コード進行の呪縛から開放され、
スケールに基づくアドリブを展開する
モード奏法を取り入れたことによって、
従来よりもアドリブの自由度が増した」
という内容の解説を目にします。

たしかにその通りですが、
「ラクにアドリブを取れる魔法の方法」
というニュアンスで受け取られる可能性も大いにあります。

しかし、先述した通り、自由度が増した分、
演奏者に求められるセンスの要素が増えるので、
アドリブを取るのは決してラクにはならないし、
むしろ大変になるということは先述したとおりです。

「方法」が新しかったり、斬新だからといって、
音楽そのものが優れているとは限らないのです。

この流れについてゆけず、
旧来のままの手法のまま
演奏を続けてゆくジャズマンもたくさんいました。
一方、従来の表現形態に行き詰まりを感じていた
ジャズマンや新人たちは、
喜んでこのアプローチを取り入れ、
新しい響きのジャズを次から次へと生み出してゆきました。

モード奏法で演奏されたジャズの、
掴みどころが分からない方は、
まずは、サウンドを絵に見立ててみるのはいかがでしょう?
具体的に「何」が表現されているのかを考えるのではなく、
音たちが繰りなすハーモニーや色彩感覚、
空気感や音の肌触りを味わうのです。
抽象画を鑑賞するときの感覚に近いかもしれません。

慣れてくると、自然にサウンドが耳の中にスルリと入ってきて、
独特な感動をあなたにもたらすことでしょう。

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『カインド・オブ・ブルー+1』
マイルス・デイヴィス

1.ソー・ホワット
2.フレディ・フリーローダー
3.ブルー・イン・グリーン
4.オール・ブルース
5.フラメンコ・スケッチ
6.フラメンコ・スケッチ(別テイク)


モード奏法を全面的に取り入れた歴史的な一枚。
しかし、モード奏法が素晴らしいのではなく、あくまで演奏が素晴らしいのだということも忘れずに。


『処女航海』
ハービー・ハンコック

1.処女航海
2.ジ・アイ・オブ・ザ・ハリケーン
3.リトル・ワン
4.サヴァイヴァル・オブ・ザ・フィッテスト
5.ドルフィン・ダンス


比較的分かりやすいモード奏法で演奏されたジャズの代表作。
アルバム全体が「海」にまつわるストーリーになっており、楽器群は、自由に海のムードを活写します。


『インプレッションズ』
ジョン・コルトレーン

1.インディア
2.アップ・ゲインスト・ザ・ウォール
3.インプレッションズ
4.アフター・ザ・レイン


マイルスの元で学んだモードをさらに煮詰め、探求していったコルトレーンの傑作。


『ネフェルティティ』
マイルス・デイヴィス

1.ネフェルティティ
2.フォール
3.ハンド・ジャイブ
4.マドネス
5.ライオット
6.ピノキオ


暗黒かつ静謐さ漂う独特なムード。
マイルスのモード探求も、行き着くところまで達してしまったのか、
このアルバム発表の後はエレクトリック楽器を導入するなど、さらに違う演奏形態の探求を始めます。

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2006年3月27日(月)

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