中国古陶磁器 そのロマンを求めて-天青庵

単なる美術品ではございません

第183回
中国古陶磁器 よもや話

最近では少なくなりましたが、
私もよく偽物を掴む事があります。
中国の贋作レベルは年々上がっていきますし、
それを古く見せる技術もどんどん進歩しているからです。

少し前までは、唐三彩や明時代の青花磁器、
定窯や耀州窯などの贋作は一見しただけで見破れたのですが、
最近の贋作はそうは簡単にいかなくなりました。

同じ土、同じ製法で作って、
上手く古格をつけられると自分の眼にも迷いが生じます。

人間、どちらかと言えば自分に甘くできていますので、
状況的にあり得ない話でも
自分に都合の良い解釈をしがちになります。
それが骨董収集では怖いのです。

本来なら博物館に飾られていてもおかしくないような品が
目の前に売られている。
普通何百万もするような品が何万円で売られている。

実際、こんな事はあり得ないのです。
しかし、人間は掘り出し根性が強いので、
「もしかしたら・・」とか「私は幸運だから・・」とか、
都合よく考えてしまいます。
そういう時に、中途半端な金額で贋作を掴む事になります。

私が骨董を買う時に一番大切にしているのは直感です。

まずファーストインプレッションが大事で、
最初に品物を見た時に
「これは良い!」と感じたものにまず間違いはありません。

しかし、少しでも迷いがある品物は要注意です。
しばらく品物を見ている内に自分でどんどん後解釈というか、
言い訳を考えてしまっているのです。

「ちょっと違うような気もするが、
こういう作品もたまに存在するのだろう」とか
「この骨董屋はあまり品物に詳しくないから、
実は本物なのにこんな安値を付けているのではないか?」
とついつい自分に都合の良い方向へ思考してしまいます。

そのような考えで買った骨董は、
後々後悔する事が多いのです。

骨董とは不思議なもので、
お金を支払うまでは本物に見えていた品物も
お金を払っていざ持ち帰ろうとした途端に
偽物と気づく事がよくあります。

つまり、100%本物だと確信できる骨董に遭遇する機会など
そうない訳ですから、
買うまでは色々と買う理由を考え、
自分で自分を鼓舞している部分がある訳です。

しかし、お金を払い自分の物となった瞬間に
自分の目は真実だけを見るようになります。
だから骨董屋からの帰り道で
「失敗した・・くそっ」となる訳です。
私の家には、買ったはいいが
箱から出した事もない骨董が何点もあります。

たまに「もしかして、私の思い過ごしかも・・
実は本物じゃないかな」などと思いなおし、
開かずの箱を開けてみる事があります。

しかし、結果は自分が思っていた以上に幻滅する事になります。

本当に不思議ですが、贋作の放つ臭気と言いますか、
負のエネルギーのようなものが存在するのです。

 
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2008年12月10日(水)

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