中国民俗研究家・上田尾一憲が語る、中国民俗の魅力

第49回
呉と越の争い。

中国四大美人の中でも最も美しいとされている西施。
彼女がある日、川で洗濯をしていると
その川で泳いでいた魚が西施の美しい姿にビックリして
沈んでいったという話があります。
魚もビックリして沈むくらいですから
それを世の男性が見逃すわけはありません。
その美しさは越の国でも有名でしたので
越国の王、勾践(こうせん)の耳にもすぐに入り
勾践は西施を寵姫としたのです。

その越の国とお隣の呉の国とは長年の間
戦争を繰り返し、それはもう最悪の関係でした。
「呉越同舟」という言葉でも有名ですよね。
ある年、呉の王、闔閭(こうりょ)は
越の国へ攻め入りましたが、みごと返り討ちに会い
その時に受けた傷が元でついに亡くなりました。
その後、子の夫差(ふさ)が後を継ぎましたが
夫差は父親の仇を討つべく、呉に復讐の念を
燃やしていました。この恨みを忘れないように
休む時には薪の中に臥し、夫差の部屋へ
出入りするものには「父は勾践に殺されたのを忘れたか!」と
叫ばせて復讐の心が薄れないようにしていました。
この夫差の行動が「臥薪嘗胆」の
「臥薪」(薪に臥す)にあたります。

そして何年か後に、今度は越の勾践が
兵力も整っていないのに
軍師范蠡(はんれい)の反対を押し切って
10万の軍勢で呉に攻め入りました。
呉の夫差は20万の兵を率いていましたが、
その内、越軍を欺く為に3万の兵を
呉と越の国境付近にある
会稽山(浙江省紹興市の南東にある山)を
背に陣取らせ、残りの17万を山の中に
伏させて越軍が来るのを待っていました。
そして夫差の父親の仇である越軍勾践は
敵は少数だ!!一気に蹴散らせ!!と
3万の軍勢に突撃して行きました。
3万の兵はすぐさま背後の会稽山へと
逃げて行きました。その逃げていく兵を見て
越の軍勢はここぞとばかりに追撃したのです。
越軍はまんまと呉軍の罠にはまってしまったのです。


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