第509回
すし詰めの焼きトン屋(その1)
海外に赴任していた時期に
出張や休暇で一時帰国すると
必ず食べたくなるものがあった。
まず鮨屋に一晩か二晩は出向く。
そば屋へも昼にそばを食べるというより、
夜に出掛けて行って飲む。
その反対にうなぎと洋食は昼。
うなぎはうな重よりもうな丼が好み。
洋食屋ではもっぱらミックスフライを注文する。
冬場であればかきフライが定番だ。
天ぷらやおでんはあまり食べなかった。
ちょっと変わったところでは焼きトン。
子どもの頃から大好きだから
帰国のたびに欠かさずに出掛けたものだ。
今は無き、浅草の「菊水道場」なんかよかった。
これは焼き鳥ではなく、焼きトンでなければならない。
ニューヨークあたりでは
東京ほどのレベルでなくとも
焼き鳥屋に不自由することはない。
ところが焼きトン屋となると1軒もないから
無性に食べたくなるのである。
ハツとナンコツは塩、シロとレバはタレがよい。
レバはレバと表記、あるいは発音しなければダメで
レバーとのばすと、何だかまずそうなのはなぜだろう。
行列のできる焼きトンの人気店、
祐天寺の「忠弥」は以前紹介した(380回参照)。
かれこれ4〜5ヶ月にもなろうか、
都営浅草線と東急大井町線が
地上と地下で交差する中延の駅前を
フラフラしていて偶然に「忠弥」の看板に出会った。
それまで存在にまったく気付かなかった。
その後、人づてに訊いてみると
祐天寺の「忠弥」とは店主同士がかって
同じ店にいたそうだ。
中延にハムフライ(ハムカツとは呼ばない)の
おいしい町の中華屋があると聞きつけて出掛けた。
結局、その店はハズレだったのだが、
そこへ向かう途中に「忠弥」をのぞくと
店先に並ぶ順番待ちの客は3人だけ。
これならばと、行きがけの駄賃よろしく
最後尾に付いたのだった。
店内の雰囲気は祐天寺店とは異なるものの、
カウンターに客がズラリ連なる光景はまったく一緒。
中延店のほうが客同士の間隔が狭く、
すし詰め状態もいいところだ。
何とか分け入って右端のエッジから2番目の席へ。
右隣り、一番端の青年サラリーマンは
窮屈なお誕生日席で肩身の狭い思いをしている。
左隣りのお父さんは注文の仕方など、
いろいろと面倒をみてくれ、親切な人だ。
言葉こそほとんど交わさないが
隣人たちとはつかの間の友情が生まれたのだった。
このあとハムフライを食べるとなると、
かなりセーブして臨まなければならない。
客自身が注文品を鉛筆でメモ用紙に書きつけるのは
祐天寺とまったく同じシステムだ。
さて、何を食べよう。
=つづく=
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