「一歩一歩、おいしさを探して」
J.C.オカザワの脚で綴ったダイアリー

第774回
一杯のラーメンから(その1)

つい最近、自宅の書架を整理した。
それ以来、昔読んだ本を再び手に取る機会が増えた。
その中に池波正太郎の「秘密」がある。
1987年初頭に文芸春秋より
単行本として出版された時代小説である。

‘87年3月、ニューヨークに赴任して間もなく、
5番街は49丁目の紀伊國屋で買い求めたもので
背表紙に$12.60のシールが貼られたままだ。
色変わりした小さな紙片に往時が偲ばれる。
邦価で1200円だから当時の為替相場で換算すると
およそ5割増しの売値、けっこういい商売をしている。

あらすじがうろ覚えなため、
読み進むうち、往々にして新鮮な楽しみに行き当たる。
終末、主人公が愛しむ女を伴い、
江戸を離れて越中富山は砺波郡・井波の地に
向かうところで小説は終わる。

池波翁のご先祖様が井波の出であることは
何かほかの書物で読んだ。
ゆかりの地をいつくしむ心情に動かされて
作者は主人公をその地に差し向けたのであろう。
登場人物に託した作者自身の
センチメンタル・ジャーニーである。

話変わって所も移り、
谷根千の一翼を担う千駄木は、文豪ゆかりの地。
森鴎外の旧居もここにあった。
千駄木の交差点、いわゆる団子坂下から
団子坂の真反対に位置するのが三崎坂(さんさきざか)。
ゆるやかな三崎坂を上り始めて間もなく、
「砺波」という町の中華屋が暖簾を掲げている。

初訪問は3年近く前のこと。
散歩の途中に発見したとき、
池波翁には直接結びつかなかった。
屋号が富山県の一地方だから
店主はその地の出身なのだろう、と想像した程度。

初回に食べた素朴なラーメンが気に入った。
隣りのテーブルの家族連れが食べていた
野菜ラーメン(他店のタンメン)も美味しそう。
以来、何度かおジャマするようになる。
一杯のラーメンをきっかけにすべては始まったのである。

ここで久しぶりに気に入りラーメン店の
再訪シリーズ(第342回参照)と参りたい。
何を隠そう、その一軒がこの「砺波」。
せっかくだから、地元に住む旧知の友人を
誘い出してお昼どきに訪れた。

テーブル4卓の狭い店を初老の夫婦が切盛りする。
このお母さんがとても親切で丁寧な客あしらい。
「砺波」が好きになった大きな要因がこの人の存在だ。
旦那さんが留守のときなど
接客と調理の一人二役をこなして
スーパーウーマンぶりを発揮する。
調理の腕前もなかなかのものだ。
旦那の富山県人はウラが取れているのだが
働き者の奥さんもやはり富山の人だろうか――。

             =つづく=

 
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2009年6月22日(月)

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