十三、スポンサーの鑑・鶴屋八幡

『あまカラ』という食べ物エッセイの雑誌は、前にもふれた通り、大阪の羊羹屋の鶴屋八幡が実質上のスポンサーであったが、これくらい商売気のないスポンサーも珍しい。今橋にある鶴屋八幡の本枝の三階の一室を編集室として提供した上に、印刷費から人件費までいっさい受け持っているのに、雑誌の表か裏に鶴屋八幡の広告をホンの申し訳に出しているだけで(おそらく税務署を納得させるために形式的にそうしたのだと思うが)、あとはいっさい自社の宣伝はせず、すべてを編集長の水野多津子さんの勝手気儘に任せたのである。
シロウトの編集者くらいおそろしいものはないというが、食べ物の雑誌をやりたい一心で、あちこち駈けずりまわっていた二十歳そこそこの小娘が小島政二郎先生の口ききで、鶴屋八幡にスポンサーになってもらったせいもあって、小島先生がずっと巻頭に「食いしん坊」を執筆しておられた。もう今は隠居生活を送っておられるが、鶴屋さんの専務の今中善治さんが大阪商人にしては、どこか一本、心棒が抜けているのではないかと思うほど欲のない人で、自分のところの商売に直接寄与しなくとも、「そいでよろしうおます」と何でもオーケーするので、頼みこんだ小島先生の方が気を使って、ご自分の連載の文章の中で、しきりと鶴屋の鶏卵素麺や生菓子の提灯を持っているのが涙ぐましかった。
そういうソロバン抜きの雑誌であったから、池島信平さんをはじめ、『文藝春秋』の編集部の面々が手を貸す気になったのであろう。水野嬢が頼むと、池島信平さんは忙しいさなかでも断らずに、『あまカラ』に原稿を書いたばかりでなく、『文藝春秋』の常連執筆者たちにも心よく紹介の労をとってくれた。だから、同好者のミニコミでありながら、『あまカラ』の執筆陣は一流雑誌に負けない豪華なものであった。

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