「一歩一歩、おいしさを探して」
J.C.オカザワの脚で綴ったダイアリー

第865回
横浜にも下町がある(その1)

本日は、まずお詫びから。
10月21日(木)の当コラム(第861回参照)にて
デジカメ紛失事件をお伝えしたら
読者の方から“ご愁傷様メール”をいただいてしまった。
実は翌日、JRの遺失物係に連絡を取ると、
JR品川駅に届いていたのである。

それにしてもトンチンカンな文章を書いたものだ。
第860&861回に掲載した写真(魚河岸食堂と駅弁)は
そのデジカメが出て来なければ、
闇に埋もれたはずのスナップなのだから・・・。
写真をいけシャアシャアと載せておいて
「厄介なことになっちまったぞ」もないもんである。
うっかりしていて、ごめんなさい。

さて本題。
このあいだTVの歌番組を観ていたら
いしだあゆみが出てきて、うれしいやら、
時の流れの重さを感じるやら・・・。
白状すると(以前にもどこかで告白してるかも)、
何を隠そう、J.C.は彼女のファンなのだ。
正確に言えば、若い頃は大ファンであった。
今でも中ファンである。

忘れもしない東京オリンピックの開催された1964年。
確か1月31日のことだったと思う。
今はなき日劇(現有楽町マリオン)の客席に
まだ面立ちにあどけなさを残すJ.C.の姿を見ることができた。
ん? いいかげんにこのパターンやめろ! ってか?
ハイ、しばらく封印します。

ほとんどの人が忘却の彼方へ押しやって
口ずさまれることとてない
「サチオ君」、「緑の乙女」、「パールの指輪」の曲々。
今も熱くこの胸によみがえる。
そして、あのセシル・カットが懐かしい。

番組で彼女は「ブルーライト・ヨコハマ」を歌ったが
実はこの曲、ジンクスを破った異色の一曲。
歌謡界にはタイトルに「横浜」を冠した曲は
売れないというジンクスがあった。
これ以降は「よこはま・たそがれ」、
「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」
「よこはま物語」、「ふりむけばヨコハマ」と、
目白押しである。
でもこう見ると「よこはま」や「ヨコハマ」ばかりで
「横浜」が皆目見当たらない。

そういえば、吉幾三にそのものズバリ、
「横浜」という曲がある。
J.C.は彼のベストナンバーだと信じて疑わない。
ところが「雪国」、「海峡」に匹敵する名曲なのに
まったくヒットしなかった。
やはりジンクスはまだ生きているのだ。

というわけで(どういうわけだ?)
前フリが長くなったが(いつものことじゃないか!)
今回は横浜を訪れる。
それも元町や中華街ではなく、
桜木町にほど近い横浜の下町、野毛の町に出没する。
あたかも「アドマチック天国」のように――。
そうこうするうち、もうお時間来ました。
サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ。

           =つづく=

 
←前回記事へ

2009年10月27日(火)

次回記事へ→
過去記事へ 中国株 起業 投資情報コラム「ハイハイQさんQさんデス」
ホーム
最新記事へ