二十八、大宴のメニューは自分でつくる

安岡章太郎さんが、「邱家の料理は昔の水準に戻ったようだな」といったのは、安岡さんが久しぶりに私の家で食事をしたせいもあったが、私の家のメニューがすっかり内容を一新したこととも関係がある。
私の家では当日のメニューを色紙に書き込んで、招待客に署名していただいているのは、記念にとっておくという意味もあるが、誰がいつどんなメニューで食べたか、またその日のメニューの中で誰が特にどの料理を気に入ったか、記録に残しておくためでもある。
たとえば、安岡さんが一番気に入っているのは、豚の三枚肉と八ツ頭をサンドウィッチにして蒸した紅焼芋頭扣肉だから、安岡さんが来られたときは、十五品くらい出る料理の中に必ずこの一皿は出すようにしている。八ツ頭のない季節にはやむをえず、他の料理に変わってしまうが、そういうときでも、菜花羹というカリフラワーの花のところだけ削って、卵の白身をかきたてて使ったスープだとか、玉蘭筍といって、メンマを柔らかく煮込んだものを出す。
メンマというのは干筍のことであり、ラーメンの中に幾切れかポツンポツンと入っている。いつの頃からラーメンにメンマが入れられるようになったのか、なぜメンマが選ばれたのか、そのへんのところはいまもって不明だが、とにかくメンマが使われるようになったおかげで、ラーメンの普及とともにメンマの需要もふえ、日台貿易のなかでメンマが有力商品にのしあがったのである。
筍は、日本では春のものときまっているが、台湾に行くと年柄年中というわけにはいかないが、いろいろな種類の筍があって、つぎつぎと出てくるので、筍の食べられる季節が長い。同じ筍でも、女の纏足のように小さくて可愛らしいものもあれば、一メートルにも及ぶようなデッカイものもある。ラーメンの中に入っているメンマは麻竹からとれるお化け筍を干して塩漬にしたものである。玉蘭筍というのは、メンマのなかでも筍の先の柔らかいところだけを選んで干したもので、普通のメンマがカンピョウのように長いのに対して、幅が三センチ、長さがせいぜい五センチくらいの大きさに切ってある。筍のたくさん産出される台湾の南投県とか花蓮県の山の中を旅行すると、「山産」と看板の出ているお店でよく売っている。
私たちは渓頭という台湾大学の農林試験所のある公園の中にある招待所(ゲストハウス)で夕食の食卓でおいしいのに出あったことがあり、以来、ひいきにするようになった。山の中の干筍は鄙びた素朴な味の山菜にすぎなかったが、干筍は豚肉とよくあい、豚肉の白身と赤身がまじったところと一緒に煮込むと、なんともいえないおいしい味になる。玉蘭筍もメンマには変わりはないから、同じように豚肉の塊と一緒に長い時問をかけて煮込むが、私の家で食卓に出るときは、柔らかく煮あがった干筍の方だけしか皿に載せて出てこない。

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