不動産が一番 邱永漢

不動産から学ぶ経済の成り立ち

第1回
まえがき

この数年、常識をこえた土地の大暴騰があって、
議会でも、テレビや新聞でも
地価のことが議論になっている。

本当のことを言うと、
土地が値上がりするだろうことは、
私にも予想できたくらいだから、
そういう客観的条件はすべて揃っていた。
だから土地の大暴騰を抑えようと思えば、
やれないことではなかった。

農地の宅地への地目変更を大幅に認めるとか、
調整化区域の線引きを改めるとか、
都心部の建ぺい率を一挙に三倍にするとか、
要するに、土地の供給をふやせば、
需給の法則が働いて地価の暴騰は抑えられる。

だが、そういう手は一切打たず、
そうなるだろうことには一顧だにあたえず、
地価が大暴騰してから、
「元兇は誰だ」と声を大にしても間に合わない。
誰が悪いのでもない。
「夜が悪いのだ」と歌謡曲のセリフにもあるが、
この場合は「金が悪いのだ」とでも言うよりほかないだろう。

日本が豊かになり、国内でこれだけ金が集まり、
遊資が行き先を失えば、財産価値のありそうなものを目指して
大暴れをするにきまっているのである。

その結果、土地が五倍にも十倍にもハネあがり、
株も空前の高値をつける。

株は大暴落しても、
怪我人がでるだけで自業自得と笑えばいいが、
土地はその上で人々が生活して行かなければならないから、
社会問題化、政治問題化する。

後追いになるのは何も政策だけに限ったことではないが、
大暴騰が既成事実になってから、
総理大臣が乗り出してきた。

ここでも本当のことを言うと、
もう地価は上がりきってしまったから、
罰金的性格の重税を課したりしなくとも、
ここ当分、あがる気遺いはもうこないのである。

国土法が国内の開発に対して
ブレーキの役割をはたしているように、
今度の税法や規制も、土地の売買を妨げ、
地価を高値に維持する下支えになることだろう。

地価が異常に高くなることは
もとより感心したことではない。
しかし、政府は無策だし、
地価の高騰を国力の象徴と見れば、
また違った感想も生まれてくるだろう。

ことに財テクの時代になって、
貯め込んだお金を運用してふやすとか、
老後の対策を年金だけにたよらないようにしよう
とかいうことになると、
土地とか、住宅とか、マンションとか、
不動産のことに関心を持たないわけには行かない。

また事業にたずさわる人も、
さしあたり店やオフィスは賃貸で間に合わせるか、
もしくは多少、無理をしてでも
自前で持つようにするか、を考えなければならない。

さらに会社の財務状態を
将来にわたって安泰なものにしようと思えば、
株も預金も多角経営も不動産には遠く及ばない。

なぜそういうことが起きるのか、
うまくそうした動きにあわせて行こうと思えば、
どういう手を打てばよいのか、
不動産の将来性についてはどういう角度から見ればよいのか、
なぜ日本のプロの不動産業者は
次々と海外へ進出して行くのか、
私たちが事業を運営して行く上で
知っておかなければならない不動産の知識は結構たくさんある。

そうした現実的な要求に沿うべく、
「不動産が一番」と題して昭和六十一年四月号から
六十三年一月号まで『オール生活』誌に二十回にわたって
連載をした。

連載中にマンションや地方都市の
土地が値上がりする気配を見てとったので、
「都心部のマンションは今が買い時」とか、
「地価の値上がりは地方都市に波及する」という
アップ・ツー・デートな書き方もした。

いずれもその通りのことが起こったが、
この本はそうした目先のお金儲けを目的としたものではない。
生活の安定を願う人々が不動産のことをどう扱ったらよいか、
といったもっと基本的なことを目標としたものである。

なお本書が日の目を見るについては、
『オール生活』編集長芝崎正さん、
実業之日本社第二出版部長島田次雄さんのお世話になった。
ここに感謝の意を表したい。


昭和六十二年十一月吉日

邱永漢

東海道新幹線車中にて






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2013年10月19日(土)更新
- このコラムは連載終了いたしました -

7月18日  第1回 まえがき

7月19日  第2回 居住性と投資価値の差
7月20日  第3回 政治に左右される地価 7月21日  第4回 「土一升、金一升」から「尺金寸土」へ
7月22日  第5回 国際的な実需による値上がり 7月23日  第6回 坪一億円の土地でも採算にのる

7月24日  第7回 めぼしい土地は企業の手に

7月25日  第8回 土地とマンション値上がりのズレ
7月26日  第9回 買えるマンションの条件 7月27日  第10回 土地はいつの時代でも高い
7月28日  第11回 財産づくりに大切な借金知識 7月29日  第12回 財産づくりに大切な借金知識
7月30日  第13回 家は貸すより借りたほうがトク
7月31日  第14回 老後を海外で送るのは
8月01日  第15回 家は売ることを考えて選べ 8月02日  第16回 自営業者は採算を重視して
8月03日  第17回 転勤族のマイホーム 8月04日  第18回 人の流れが発展と停滞をきめる
8月05日  第19回 時代でかわる人気地域 8月06日  第20回 銀座と浅草の違い
8月07日  第21回 土地の成長株発掘法 8月08日  第22回 貨幣と物価の魔術
8月09日  第23回 値段の安さに惚れるな 8月10日  第24回 個人が狙える不動産は
8月11日  第25回 その場所その場所の一等地を

8月12日  第26回 都心から全国へ広がるパターン

8月13日  第27回 政情不安が地価を下げる 8月14日  第28回 巨額資金が不動産に向かう
8月15日  第29回 土地と株は上に行く 8月16日  第30回 処分しなければタダの土地
8月29日  第31回 買換え需要が地価を押し上げた 8月30日  第32回 地方都市で地価のあがるところ
8月31日  第33回 利回りで見るワンルーム マンション(1) 9月01日  第34回 利回りで見るワンルーム マンション(2)
9月02日  第35回 ウォール・ストリートから兜町へ 9月03日  第36回 都心部は移動する
9月04日  第37回 東京はニューヨーク型変化 9月05日  第38回 若いセンスがファッション街を育てる
9月06日  第39回 ムードも大切な土地選択の基準 9月07日  第40回 街の変貌を見越して投資
9月08日  第41回 東京へ通勤可能な場所を
9月09日  第42回 新都市づくりが成長産業に
9月10日  第43回 不動産は企業の安全弁

9月11日  第44回 不動産は企業の安全弁

9月12日  第45回 仲介業が大きくならないのは

9月13日  第46回 売ってしまえばそれで終わり

9月14日  第47回 大家業の社長室は地下にあった 9月15日  第48回 地元不動産屋の強み
9月16日  第49回 買ったお客が必ずトクする 9月17日  第50回 手数料を値切ると情報も逃げる
9月18日  第51回 売れ残りにも福がある 9月19日  第52回 財テクの資金は土地に向かう
9月20日  第53回 不動産があればピンチはしのげる 9月21日  第54回 節税に役立つ資産作り
9月22日  第55回 個人より法人が有利な税制 9月23日  第56回 相続税が世代交替のネック
9月24日  第57回 個人所有には限界がある
9月25日  第58回 不動産は借金と抱合わせで持つ
9月26日  第59回 借金なしでは大成しない 9月27日  第60回 不動産投資成功の四条件
9月28日  第61回 借金の「ここまで安全」の境界線 9月29日  第62回 借金は財産を掘り起こす
9月30日  第63回 副業としての財テク 10月01日 第64回 二百年前のオランダに酷似
10月02日 第65回 財テクブームは資産が増えた証拠 10月03日 第66回 会社の防波堤は土地に限る
10月04日 第67回 暴騰してからでは遅すぎる防止策 10月05日 第68回 土地問題の抜本的解決策
10月06日 第69回 都心部の建て替えを進める手 10月07日 第70回 各種制限の撤廃で地価は下がる
10月08日 第71回 普通人は都内に住めない 10月09日 第72回 新交通網の整備も必要
10月10日 第73回 「別荘」は持つと苦労するが 10月11日 第74回 セカンドハウスを本宅にする
10月12日 第75回 高過ぎる日本よりアメリカへ 10月13日 第76回 投資対象国は数少ない
10月14日 第77回 まだこれからのカナダ、豪州 10月15日 第78回 やはり大本命はアメリカ
10月16日 第79回 仮住まいが一年で三倍に 10月17日 第80回 土地暴騰はしばらくは休み
10月18日 第81回 土地暴騰はしばらくは休み  


■邱 永漢 (きゅう・えいかん)
1924年台湾・台南市生まれ。1945年東京大学経済学部卒業。小説『香港』にて第34回直木賞受賞。以来、作家・経済評論家、経営コンサルタントとして幅広く活動。最期まで年間120回飛行機に乗って、東京・台北・北京・上海・成都を飛び回る超多忙な日々を送った。著書は『食は広州に在り』『中国人の思想構造』(共に中央公論新社)をはじめ、約400冊にのぼる。(詳しくは、Qさんライブラリーへ




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